八谷磨流の趣味小説!

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空想科学とかのネット小説をぼちぼち書いてる

猿和園(2)夢の港町 前編

入港インポート

まだ朝霧の立ち込める山の草叢の中から長身の青年がゆっくりと立ち上がった。青年はそばの石段に花束を添えた。灯燭に灯した火は、夏の終わりに弟と見たシオツチの火を思い出させた。青年はその思い出から巡り巡って一年と二日前のことを思い出していた。その日は新人である青年とその親友である火野宮梁平が初めて二人だけで業務をこなし、案件を解決した日だった。この霊廟にはその一連の事件の最初の被害者である山元玲司が眠っている。青年は事件の一年前に少年と知り合っていた。
「こっちは崖になってて危ないぞ。」
少し離れたところに子供達と戯れる火野宮がいた。
「おい梁平。お前確かこの崖から滑り落ちたことあったよな。落ちた先は古い小屋の屋根の上。今の寮があるあたりか。」
「このあたりのクサムラは背が高いからな。足元に気をつけないと。でもこっからの眺めは最高なんだよなあ。」
猿和園の正門からは南羽里市が、この場所からは北羽里市が一望できた。
「ほらみてごらん。守司の港まで見える。」
青年には年の離れている、猿和園の三年生に弟がいる。そんな青年の目から見て、火野宮は子供の扱いが上手いように感じられた。
「あ、寮長きてる。」
火野宮が呟くと、子供達は騒ぎながら走り去っていった。


「どうも崎元くん。あれから一年だな。玲司も喜んでいるだろう。」
「こんにちは。寮長も相変わらず元気そうで。」
「僕もいまーす。」
「元気そうに見えるかい。」
寮長は笑いながら青年、崎元怜也に答える。
「僕もいますよ!」
無視された火野宮がぴょんぴょんと跳ねながら喚く。
「そんなに騒いでるとまた落ちるぞ。それより話とはなんだね。」
「ええ。行方不明になった上土居渉さんのことなんですけど。」
寮長の顔が明らかに強張った。
「単刀直入に聞きます。どこにいるんですか。」
寮長はゆっくりと目を閉じながら言った。
「私を訪ねたところまでは良かったが、その聞き方は間違ってるな。」
「これくらいの聞き方しないと言わないでしょうから。少しだけでも情報が欲しいんです。」
「大丈夫安心しろ。今回は隠し事無しだ。この案件は必ず行き詰まるとみんなわかっていた。それで…なるほど君は単独解決を諦めて火野宮に声をかけたと。そりゃそうさ。今回はあんたらの上も抑えられてる。」
「警察がですか。やはり政府が関わってるのは間違いないですね。」
「政府ねぇ…この問題は重すぎる。一人二人の人間にはどうにもならんよ。だから君達がいるんだ。ところで水無月くんはどうしてるんだい。上土居の親友だったことは聞いているだろう。彼は何をしている。」
水無月さんはずっと前からある案件の調査をしてます。この案件よりはやばい奴とだけ言っていました。」
「でよー怜也。なんで寮長から情報が得られると思ったんだよ。今回の案件になんの関係があるんだ?」
不貞腐れていた火野宮が雑草をいじりながら聞いてきた。
水無月くんが崎元くんに私に会いに来るように言ったのさ。こうなることがわかっていたからね。事前に手を打てるようにしておこうとね。まあ…こんなところで話すのもなんだし寮で話そう。昼食も食べていくといい。」
「ありがとうございます。」
三人は背丈の高い草叢を大股で越えながら、正門の方へと歩き始めた。
「こんなところとか言ったら玲司怒りますよ。ここアイツのお気に入りの場所でしたし。」
「怜也は真面目だなぁ。」
彼のもうひとつのお気に入りの場所であった旧校舎は、昨日の夜に最終確認の作業員が入り本格的な取り壊しが始まっていた。
「本当。ありがとうな二人とも。」
寮長は遠くを眺めながら呟いた。


子供達の波をかき分けて、寮長室に入った。書斎机には大量の書類が山積みになっており、新種の白蟻の発見を知らせる朝刊が無造作に開かれていた。昆虫好きな火野宮はすぐに飛びついた。寮長は棚の奥の古い書物を漁りながら言った。
「上土居くんはね。知りすぎてしまったんだ。意識科学って言うのかね?あれは、人の意識も操れるんだ。上の奴らにとってそれは危険すぎるんだよ。それに一歩間違えると神の領域に踏み込んじまう。」
寮長は表情を変えずにただ淡々と喋った。
「確か例の事件の犯行に使われたものも意識科学の産物だって言ってたな。神の領域ってことは人工的な意識を作っちゃうとか?…所謂、エーアイシャカイなんてのができる?確かになんか怖いな。」
「そうさ。火野宮くん。でもね。それだけじゃないんだ。神の領域ってのはね、意識の創造もそうだが、あれは証明してしまうんだよ。…"たましい"をね。」
火野宮には一瞬あたりの全てが静まり返ったように感じられた。
「え…。」
火野宮は寮長の方を見つめたまま硬直した。
嘘みたいな真実を単調な口調で叩きつけられたことで呆気にとられてしまった。そのまましばらく何も言葉が出ないでいた。
「それはつまり〜?幽霊…あわわ…」
なんとか調子を取り戻そうとしたが、頭の整理がつかずドンッと机に突っ伏した。
「え、なんで?崎元お前いつから知ってる。」
ハッと火野宮が頭を上げた。ふぅ。と一息ついて、怜也は話し始めた。
「もう何年も前。水無月さんに誘われたときくらいかな。内密に、渉さんが行方不明になるかも知れないって聞かされた。意識科学についてはその時に渉さんと寮長二人の口から聞いた。トップシークレットだよ。」
「…そうか。タマシイ…か。はは。まだ信じらんないな。…じゃあやっぱりこんなところとか言ったから玲司怒ってるかも。」
「かもしれんな。まぁ"アイツの意識"がもう残ってるとも思えんが。」
「はぁ。でもなんか残念だなぁ。人生のネタバレされた気分。というか今まで幽霊とか信じてなかったのに。これから夜道も歩けんわ。」
「安心してくれ。"たましい"といっても幽霊みたいなものではないんだ。とても矮小な…。意識としか言いようがないが、まあ生き物を生き物たらしめるものと思ってくれ。」
「それで。なんで上土居の居場所がわかるんです。」
「それはな、この技術をよく思ってないヤツらが政府にいるんだ。上土居くんはあの研究を始めたときからずっと目をつけられていることに気づいていた。だが、すぐには何もされなかった。もう研究が完成間近というときになっても動きがなかったという。」
寮長は一冊の分厚い書物を棚から取り出した。
「それで彼は私を訪ねてきた。ここは情報を隠すのに最適だからな。」
寮長は不敵な笑みを浮かべながらその本を机の上で丁寧に開いた。書物と思われたそれは間に空洞があり、その中には一本のペンような棒状の物体がはいっていた。
「これはね。彼が作った装置さ。上半分を回せば、この装置は特殊な波を発する。上土居くんの半径三キロメートルまで近づくと、この波に反応して彼の意識が特殊な波を発する。その波にこの装置が反応する。」
紺色のそれは万年筆のような見た目をしており、上半分の側面に液晶の画面が付いている。装置下半分、ペンであれば持つ部分にあたる所には大きく「伝」という一文字が意匠されていた。
「ソナーみたいですね。」
怜也は探査機を受け取って興味深そうにそれを眺めた。火野宮は稀有そうな顔をしていた。火野宮は考え事をしているようであったが、しばらくして口を開いた。
「意識の波ぃ?それはどいうことだ?」
探査機をまじまじと見ながら言うと、寮長が答えた。
「なんでも、意識には固有の周波数があり、その波を媒介する物質は世界に溢れているそうだ。その装置にはその波に反応する物質が入っている。意識の原料とかいってたな。意識としか反応しないために今まで見つからなかったそうだ。で、彼は自分の意識の波を少し大きくしている。なんでも"意識でログインするネットワーク"を作ろうとした時にできるようになったんだと。
夢の港町ドリームポート』っていったか。ログインしているときは眠らざるを得ないかららしい。」
「夢の港…。」
火野宮は山から見た守司を思い出しながらいった。
「なんだこれ」
火野宮は崎元の持っている探査機にボタンような突起を見つけ、そのまま押した。
二人の青年は突然目の前が真っ白になるほどの光に包まれたかのような感覚に襲われた。


二人は街中の広場のような場所に立っていた。
あたりを見渡すと、平坦な道にひと昔前を思わせるタイルや煉瓦造りの建物、少し遠くに時計台のようなものも見えた。しかし、二人以外に人はいないようだった。
「なんだ。ここ。」
火野宮は崎元を見つけると始めて言葉を発した。意識ははっきりとしていた。
が、直後二人は自分の目を疑った。火野宮は目の前に、崎元には火野宮の頭上に「なんだここ。」という黒い文字が現れていた。