八谷磨流の趣味小説!

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猿和園(3)白き地の果てより 3話


歴史から切り取られた世界




今は過去を整理することにします。
僕の使命は時を刻み残すこと。
水無月



黒い壁


翌日。訓練が始まった。
僕たちは装備を整え、基地の本部棟に集まった。
「みんな!紹介する。僕たちの隊を率いてくれるウタロっち。」
「伊津野!その呼び方はやめろ。なんかそれは気に食わん。えー俺が隊長の蟒 雩太郎だ。年は三十五。視力は両目とも1.0。特技はカマクラ速作りだ。ウワバミは言いにくいだろうから、ウーさんとでも呼んでくれ。よろしく。」
(博いわく隊長は視力をすごい気にしているそうだ。南極では視界が大切なんです(?))
紹介された男の顔は年よりも老けて見えた。頬に大きな古傷があった。それは竜崎さんのとは違い、刺し傷のようだった。以前同じような傷を持っていた人を父の部下に見たことがある(武道の稽古?中に受けた槍の傷)。しかし隊長のそれは、かなり深い傷だった。強面だが、口調は軽快で、明るい性格のようだった。
「そしてこっちが医療担当のキョウコっち」
「はい。衛生医療担当の安生協子です。年は皆さんと同じ二十四です。誕生日と血液型は博さんと同じ五月十二日のB型で、好きな色はピンクです。」
真面目そうな女性の顔は少し雪焼けしていた。
「僕らは事前に受け取った資料で君達のことは把握してるけど、ほかに何か捕捉や質問はないか?」
「じゃあウーさん。誕生日はいつですか。」
「昨日だ。五月四日。その赤っぽいボサボサ頭…お前だな自由紹介欄に好きなバナナの産地を書いたのは。」
「え、あ。はい。フィリピン産バナナ。おいしいですよね。…一本どうぞ。」
「俺もだ。」
ウーさんは蓋星が懐から取り出したバナナを貪りながら再び質問を待ったが、誰も口を破る者はいなかったので、早速訓練に移った。



「なぜ隊長が必要かというと、このモービルを操縦する者が要るからだ。」
荷物を積む僕らに隊長は機体を軽く叩いて言った。各々言葉を交わしながら準備をすすめてた。
「協子っち。医療キットはこれでよかった?」
「うん。」
「中身確認しといて。俺わかんないから。」
「ありがとう。はいこれ。本部研究室からあるだけ全てよ。でもなんでろ紙なんかが大量に必要なるのよ。味噌汁飲まないと寝られたいとか?」
「まあね。訓練からもどったら追加のろ紙を発注しといてくない?」
博は言いながら踵を返して自分の施設に早足で歩いていった。
「はいはい。あっ、そうだった。ウーさん、訓練には不要ですが、IF抗生物質が不足しています。」
「ん?大丈夫だろ。もう感染は治ってるし。それに緊急でない限り届くまで半年かかるしな。」
先頭の荷台で交わされていた会話に渉が割って入った。
「なんですか。それ。」
「君は…渉君だね。」
渉は軽く頷いた。
「あっすいません。ちょうどそれについての調査方向が本社から。」
「おお、そうか。じゃ私が話そう。いや何。ついこの前…一ヶ月ほどまで謎の感染症が発生しててね。原因は我々が持ち込んだとも、基地建設によって溶けた氷から復活したとも言われてるが、ま。何にせよここで風邪なんてひくことはないから大騒ぎしたってわけさ。」
「…どんな症状でしたか?」
渉は隊長の顔を真っ直ぐに見たまま訊いていた。
「そうだな。急に高熱が出るんだ、あとは食欲が減る。…関節が痛いなんて奴もいたな。」
その時渉はなにかを呟いた。僕は二番めの荷台で作業していたが、それはかつて父から聞いたことのある、旧い文明がこの地上から殲滅したというウィルス感染症の名前だった。
「何か言ったか?」
「いいえ。ただ、似たような症状の病気を知っていたもので。…抗生物質。効果なかったんじゃないですか?」
「やはりか。ああ。目立った効果は得られなかった。こうして治まるのを待つしかなかった。」
「そうですね。きっとそれは細菌性ではなくウィルス性の感染症だからでしょう。耐性を得ちゃうんです。予想通りなら致死性は低いと思われますが肺炎などに繋がる危険性があります。」
「上土居さん、でしたね。すごい。今送られてきた調査報告にもそう書かれてます。どうやら新薬があなたたちの乗ってきた船に積まれているようですね。…でもどうして。あなたも、他の方も医学系や生物学系の方はいらっしゃらないはずじゃ。」
安生さんが抑えきれずに渉に訊いた。
「面白い話は覚えてるんです。昔父が話してくれたやけに技術の発達した昔話の流行病そっくりで。」
「それは面白そうですね。是非今度聴かせて欲しいです。」
「構いませんが…何せ私自身とても幼い頃に聞いたっきりなのでちゃんと覚えてるかどうか。」
先頭の会話が気になって手が止まっていた。僕も抑えきれなくなって会話に割り込む。
「渉も覚えてたか。霧酉物語。」
「そうだっけ?これは莱路抄じゃなかった?」
「いいや。畏風伝だから霧酉だよ。」
「まあいいや。覚えてるなら透が話してあげなよ。」
僕は物語するのは好きなので快諾した。
こうして明るい雰囲気の中環境順応訓練が始まった。初めは数時間の活動を通して南極で生き抜くための様々な技能を習得した。隊長のカマクラ速作りは伊達じゃなかった。
そうして三ヶ月ほどが経ぎ、八月になってはじめての探索の許可が下りた。冬も終わりに近づいていた。計画を含め探索にも隊長と安生さんは同伴した。
まずはヴィソンマシフ山の制覇を目指し、その手前の山脈と大量のクレバス地帯を調査することにした。


十月の終わり頃。遠征調査が始まった。皆健康で、あれから感染症にかかる者も現れなかった。博がやけに嬉しそうなのを除いて。
南極の海岸(地上からは見分けられないが)を二週間移動した。目的の山脈に差し掛かかろうとした頃、大きめの岩陰に小さな拠点が現れた。ここからは徒歩で山へと向かった。僕らが二千メートル代の山が連なる山脈を縫って進み、クレバス地帯へと達した頃、あの山が全貌を見せた。標高四千九百メートル。その包み込むようななだらかな頂に僕らは引き寄せられているように感じた。
「装備万全。資金潤沢。怖れるべしは心の弱さ。」博は高らかに声を上げながら皆を引っ張って進んだ。(できれば背中を押して欲しかった。)
一行がクレバス地帯へ向かって麓の起伏のある低地を歩いていたとき、突然強い吹雪が襲いかかってきた。しばらく歩いていると、前方に大きな氷の壁が現れた。吹雪は横から吹きつけてきて、壁は風除けにはならなかった。その壁と地面が交差するところに、黒い点がいくつもあるのを先頭の隊長が見つけた。隊長は博にそれが何であるか意見を求めた。
「ここは海に近いですから。ペンギンでしょう。」
博が応えた。
「そうか。じゃあもうすこし近づいてみよう。…おーい!進路変更!このまま直進!」
後続に指示を出して前を向きなおした隊長は博の顔が青ざめるのを見た。


壁のそばまでくると、風はいくらかマシになった。替わりに生き物の死骸から出る臭いがかすかにしていた。
隊長が見つけた黒い点たちは、予想通りペンギンであった。しかし、そこに生きているものはいなかった。須らく地に伏し息絶えていた。
「待って!」
皆より少し前に出て死骸の一つに触れようとした尽誠に博の後ろから安生さんが叫んだ。
「あれを見ろ。」
博がいつになく低い声で壁をゆっくり指した。黒っぽい壁からはペンギンと思われるミイラがはみ出していた。
「考えられる最悪の状況は…こいつがアーキムを持っていた。」
(アーキムとは氷や岩石に閉ざされるなどした微生物や細菌のことだそうだ。ここでは病原体のことを指すのだろう。)
ミイラに近づいた博は手袋にカバーをしてその腕を取り外し、カマム(黒い密閉袋)にしまった。袋を肩にかけて立ち上がった時、博は気づいた。
「その壁は氷じゃない!」
一番後ろから蓋星が叫んだ。
確かにミイラは氷に覆われていた。しかし壁の表面うち氷が占める割合はごく僅かなものだった。。近づくときも黒っぽいとは思っていたが、その時は気になる程でもなかった。 それは大きな生き物の死骸だった。形からして古代のクジラか何かだろう。きっと死臭はその壁から発せられていたのだ。ペンギン達の死体は腐っていなかった。ミイラがあった場所は、胃袋であるようだった。壁の中をよく見ると、他にもたくさんのミイラや小魚が見えた。
「きっと何らかの動きが地下であって、断層ができる要領でこの壁はせり上がったんだろう。その時にこの鯨の亡骸は真っ二つ。天然のディスプレイの出来上がりってわけだ。縦向きの理由はわからん。」
博は興奮気味に自分の見解を述べた。
「これはいい研究資料になるぞ。大発見だよ。」
隊長はそう言って基地に連絡を取った。(さすがネットワーク企業)
「すごい。なんて大きさだ。この中には古代の世界が、歴史が切り取られているのか」
渉が声を漏らした。
「これ。思い出さないか?霧酉物語の白永鯨と白い怪鳥。」
僕は渉の肩に手を乗せながら言った。
「全身の殆どが透けた鯨が街を潰してまわるあの意味わからんお話のことか。即席の作り話だろ?父さんのことだぞ。」(俺は好きなんだがな)
「いや、そうともわからんよ。その話では、鯨の死んだところに怪鳥の住む洞窟への入り口があるはずだ。…ほら見ろ、あったじゃないか。」
僕はとても嬉しくなった。(一度洞窟探検したかった。)鯨のお陰で入り口が雪を被らずに済んだいた。少し雪を掻き分けるとそれがかなりの大きさであることがわかった。
「おい透。わかった。手伝ってやるから少し落ち着け。」
そう言う渉の顔にも笑顔が張り付いていた。
そこで後ろからぶっきらぼうな声が飛んできた。
「あーあー。透と渉はまた二人の世界に入ってるし、博は色恋沙汰に走ってるし。また俺だけ置いてけぼりですか。」
振り返ると、博と安生さんがペンギン達と壁の間でくっついていて、隊長はちょうど連絡を終えて蓋星の方を向いていた。(渉は隣で雪を掻き分け続け、尽誠は少し離れたところで吾妻のチョコレートを食べ始めていた)
すると隊長が蓋星に駆け寄り、肩をつかんで言った。
「だよな。置いてけぼりは辛いよなぁ。俺も昔吹雪の中置いてけぼりにされてなぁ。あたりは真っ白。寒くて、なんも見えなくて。」
いつの間にか尽誠も二人のそばに寄り添って、蓋星の口にチョコを押し込んでいた。
「そしてクレバスに落っこちた。そしてそこにいた白っぽい大きめのペンギンの雛にここをやられた。」
時々隊長は顎を摩りながら隊長は声をかけ続けた。
「ウーさん…。そんなことが。でもクレバスに落ちたのによくそれだけで済みましたね。何よりどうやって抜け出したんです?」
口の中のチョコレートを噛み砕きながら蓋星が言った。
「なぜだか幸い雪がいい感じに積もっててな。それと底が洞窟に続いていたんだ。」
「ほら見ろ蓋星。渉が洞窟を掘り返してやがる。あそこを調査ついでに休憩しよう。」
「そうだな。尽誠、チョコありがとう。お礼にバナナやるよ。」
黒い壁の前にどこか生温かい空気が漂っていた。


洞窟の中は風がないので暖かかった。両側の氷の壁は少し進むと土の壁に変わった。地面の雪も氷が混じった大粒の砂利へと変わった。
「足元に気を付けろよ。」
隊長がら灯りをつけながら言った瞬間、岩に躓いた安生さんが悲鳴をあげながら博の方へと突っ込むのが見えた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
二人の悲鳴は洞窟の中を大きくなったり小さくなったり、畝りを伴って響いた。
かなりの時間を音は響き続けた。それは不気味だったが、どこか幻想的であった。
音が止んだあたりで、渉が叫んだ。
「Tekeli-li!Tekeli-li!」
僕は尻もちをついた。心臓が止まりそうになって、膝はガクガク震えた。
「それは、反則。」
尽誠が追い抜きながら渉の顔を覗いて跳ね退いた。
洞窟は少しずつ狭くなり、完全に暗くなるところで先が分かれ道になっていた。
「よし。ちょっと休むか。」
隊長は一旦皆を灯りを必要としない入り口に集めた。

「あー!壊れてる。」
安生さんが博の腕時計を指差していった。
「俺のギーブックの時計が!そんな。」
「帰ったら俺のニバンの時計あげようか?」
渉は去年の誕生日に父さんから高級時計をもらっていた。
「超耐性時計か!いいのか?子供。三歳になるんだっけ?その子にあげないのか?」
「ああ。女の子にはもっと小さいのがいいだろう。」
「女の子なんだ。名前は?」
「織。織物の織。」
「へぇ。なるほどね。…そういえばこっちに来てる間みんなのことあんまり聞いてなかったな。この遠征が終わったら、基地で聞かせてくれよ。」
(訓練期間は他愛もない話を駄弁り尽くしていた。)
「それ死亡フラグ。」
僕はすかさずツッこんだ。
笑いが上がった。
「ここじゃ洒落にもならんがな。」
隊長も笑いながら言った。
洞窟が笑い声を混じり合わせて響かせていた。



お客さんです。
今日はここまで。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜<人物紹介>六月の探検隊❸

(Izuno Hiroshi) 男
一人称:俺
年齢:24歳(南極探索時)
誕生日:5月12日
身長:165cm 体重:51kg
視力:右1.0 左1.2
血液型:B
イメージカラー:桃色
座右の銘:蜘蛛の組紐
大学:羽里大学(機械工学部)
職業:企業研究員(南極探索派遣員)
特技:土地勘
趣味:山歩き
好きな動物:鳥