八谷磨流の趣味小説!

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空想科学とかのネット小説をぼちぼち書いてる

猿和園(2)夢の港町 後編

出航エクスポート

白い光が収まり、あたりにはまたあの港町・・が広がっていた。
といっても海はなく、人もいないが。
「さて、と。」
火野宮はまず手始めに、両手を前に突き出し例の画面を表示した。
そこには五つの項目がそれぞれお知らせ、連絡先、記録、ログアウト、設定とならんでいた。しかし、"ログアウト"と"お知らせ"以外は薄暗くなっている。そしてやはり"お知らせ"には文字がスライドされており、「サービスは終了しました。」と表示されていた。
「上土居さんは開発しようとしたんだろ。どういうことだ。」
"お知らせ"に手をかざすと、枠が拡大され文章が表示された。
「Conscience internetはローカル線における連絡を除く全サービスを2763年を持って終了しました。」
火野宮は首を傾げた。
「今日は2019年11月2日だろ。うん。…いやいや、あの上土居さんがこんなミスをするはずがないし。どういうことだ。」
普段は年など気にも留めない火野宮も、今年は元号が変わった年であったため即座に思い出した。
「これはわからんな。」
火野宮は一人で解き明かせないと考えて、とりあえずの探索をすることにした。


火野宮は広場から正面にのびる道へと入り、左手に見えた20世紀前半を思わせる煉瓦模様の建物へ進んだ。その建物を正面から見て火野宮は確信した。同じ建物を見たことがある。守司のレトロ街にある鉄道記念館と酷似しているのだ。門の前には低い段差が三段あり、黒樺の掲示板がある。建物の扉へと手を伸ばすと、例の画面と同じ枠と文字が表示された。
「サービスは終了しました。」
その後も建物を手当たり次第に見てまわったが、どれも反応しないか先ほどと同じ画面が表示されるだけだった。
時計塔を見るに三十分ほどすぎただろうか。火野宮は通りの突き当たりにたどり着いた。
そこは広い境内の神社のようで、入り口から少し先に大きな本殿が見えた。鳥居をくぐろうとすると、そこでも"サービスは終了しました"との文字が表示された。
「どこも入れやしないのか。」
誰もいないとわかっているが、声に出さずにはいられなかった。
仕方なく入り口から本殿を眺めてみると、これも見覚えがあった。日隠神社だ。現実のものはここより境内は小さく、本殿も半分ほどであるのだが。小さな丘の上に立っているため、他の神社とも比べて小さいが、地域に強く根付いており、今も初代から神主の一族が途切れず続いている。
火野宮は神社を観察していたが、何もないのでどうしようもなくなった。そして思い出したことがあった。
「探索機にについてなんも聞いてない。」
そもそもなぜ探索用の装置にこのような機能がついているのか理解不能だ。
「戻ろ。」
火野宮が手を正面に突き出し、画面を表示させようとした時だった。火野宮の肩に手が置かれる感覚があった。火野宮は素早く振り向きながら飛び退いた。思えばこの世界で物理的な干渉がなかったことに火野宮は気がついた。いくら歩いても微塵も疲れず、重力こそ感じられるものの飛ぼうと思えば飛べるのではないかと思ってしまうくらい身体的に束縛を感じていなかった。
「誰だ。」
振り返りながら火野宮が言った。手を置いた人物は火野宮より年上に見え、フードを被った黒いパーカーを着ており、ズボンは深緑色。ポケットに突っ込んだ両手を挙げて広げながら言った。
「君は誰?上土居くんの居場所知ってるなら教えてよ。それとも敵かな?なら気をつけることだね。僕はいつでも君を消せるよ。」

火野宮は少し間をおいて、自分も上土居渉を探していること、ここへは彼の家にあった装置を触っていたら来たことを伝えた。名前は木戸 守と偽った。
「へぇ、そう。君は上土居くんの知り合いだったんだね。」
フードを脱ぎ金色に染まった髪が現れた。火野宮は気がついた。
「黒い枠。」
「ん。あぁ。ここでは知らない人には黒枠が表示されるんだよ。あと匿名に設定してる人とかはね。」
「僕は古木廻。彼と同じ研究室にいたんだ。彼は僕が他所の研究施設から派遣されたことを見抜いてたみたい。でも安心して。僕達の目的は技術の向上。別に何も盗もうとはしてないよ。正式に共同研究の手続きをしてたとこだったからね。まさかいなくなるとは思わなかった。おじゃんだ。」
「ごめんなさい、疑ってしまいました。実は…」
「あははは!」
火野宮は言いかけたのを遮られた。
「そうかそうだね!あはは。でもこっちもすっごい警戒してたよ。いきなり殴られたらどうしよーってね。」
「いや普通に声かけてくださいよ。思わず飛び退きましたけど僕が探偵じゃなかったら殴ってましたよ。」
しまった。と火野宮は大いに後悔した。またやらかした。崎元に自分が探偵であることは極力隠すようにいつもきつく言われているがどうしても直らない。
「探偵さん。なるほどそれで。それは心強い。あ、上土居くんとは親戚とか?」
「いえ、違いますよ。先輩の友達なんです。」
「そうかい。」
古木が一層大きく笑顔を作った。
「ところでお兄さん。親戚にこんな珍しい苗字の人がいない?神白木とか水無月とか日鉱山とか…はたまた火野宮とか。」
まずい。と思った。いつでも逃げられるよう例の画面は表示したまま話していた。しかし、相手は意識科学に精通している。何をされるかわからないため、今は動けなかった。なんとか話をつないで崎元を待つことにした。



一方の崎元は、事務所からプライベートネットで水無月に連絡を取った。
「どうした。」
水無月さん。上土居さんの研究室員にGス…」
「あぁ。わかってる。だが今回はもう手を引いてる。残念だが諦めるしかない。それより今は渉を見つける方が先だ。あと少しで今の用が済むから、それまで頑張ってくれ。」
「わかりました。居場所の目星は粗方つきそうですので、今日中にまとめておきます。」
「そうか!それは助かる。」
「では、失礼します。」
G3の心配をしなくていい。だが、崎元は胸騒ぎがした。寮から事務所まで早歩きで15分かかっていた。早く戻ろう。そう思った。
「おい。」
玄関で呼び止められた。靴を履きながら振り返ると、今起きたのだろう。髪をまるで火野宮のように逆立てた大柄の男が立っていた。竜崎一城。彼もこの事務所に所属する探偵である。年は三十八の自称ベテラン探偵は眠そうな顔で言った。
「お前が抱えてた仕事。意識科学だっけか?前に水無月とコンビ組んでたときに上土居と話したことがあるんだが、意識のネット?あれはあいつが作ったモンじゃないらしいぞ。古木ってやつが最初に入る方法を見つけたとか…上土居が昔夢で見た景色にそっくりなんだとよ。小さい頃はよく守司のレトロに行ってたみたいだからな。似てんだろ?その街。」
胸騒ぎが確かな不安になった。古木が上土居さんの夢を再現したのかはわからないが、彼が支配権を持っているのは確かだ。
「ありがとうございます!」
崎元は礼をして玄関から飛び出した。
「頑張れよぉ!」


崎元が寮に戻ってくると、休日のお昼寝と読書の時間なのだろう。生徒たちは見えず、静まりかえっていた。寮長室に飛び込むと、コーヒーカップを片手に読書をする寮長と、部屋の隅の長椅子に横たわり顔をしかめた火野宮がめに入った。
「早かったな。」
崎元は小さな会釈をしただけですぐに装置のボタンを押した。
光に包まれ、崎元は港町・・へと落ちた。寮長室にゴンと鈍い
音が響き、再び静寂が訪れた。


崎元は再び広場にやってきた。周りにはただ無機質な空間だけが広がっている。正面の通りの先に赤い点が見えた。そしてその隣に黒い点を見て、崎元は駆け出した。
どうやら現実と感覚が違う。なかなか早く走れない。それでも崎元は全力で走った。
やっとたどり着いた。不思議と息は切れていない。
「大丈夫か。この人は?」
「木戸くん?この人は誰?」
木戸。それは火野宮が昔から偽名に使っていた。崎元は即座に察した。
「あぁ。こいつは向井索。俺と同じ探偵で、まあ同僚さ。」
「おい。探偵ってのは極力言うなとあれほど。」
崎元は不信感を与えないよう軽く言った。
「大丈夫だよ。この人は古木廻さん。上土居さんの研究室に所属してた人だよ。」
火野宮は古木に向けた手を裏返しながら言った。これは崎元への"怪しいぞ"信号であった。
「どうも。向井です。」
「どうも。あ、そうそうちょうど今彼に聞いてたんだけどね?君にも教えて欲しいな。」
「君は上土居くんの親戚?」
「いえ、違います。」
再び古木が大きな笑顔を作った。
「じゃあ。親戚に水無月とか、日鉱山とか、神白木とか、火野宮みたいな苗字の人はいないかな?」
「いませんけど…。」
「そっか。…ふーん。木戸くんは?」
「僕にもいませんよ。」
「…」
古木が黙り込んだので、二人はまずいと思った。
「あの。僕達、なにか手がかりはないかって考えて。ここへ。探しに来たんです。」
「でも何にもないみたいで、どうしたらいいかなって。思ってるんですけど。古木さん。なんでもいいので教えてくれませんか。」
二人がやや早口に言うと、古木は、
「はぁ。」と一つため息をついた。
「君たちは今すぐログアウトして。あと道具はちゃんと取り扱いに注意すること。僕もね身の危険を感じてるから、当分は遠くに隠れとくことにするよ。」
「はい?」
「ささ、はやく。」
二人にはよくわからなかったが、とりあえずここから脱せることを心の内で喜んだ。

二人は再び白い光が包まれた。
小さく聞き取れなかったが、古木が何かを呟くのが聞こえた。


「どういうことだ。保てるのは一親等の血族のみじゃないのか。それとも別…いや、そんなはずは…」



起き上がった火野宮には床に倒れた崎元が。崎元には白い天井が見えていた。
「すまんな崎元くん。長椅子はもう占有されとったもんでね。」
火野宮を見ながら寮長が言った。
「うぁ…いえ、お構いなく。」
火野宮は寮長の机の前まで跳ね、机に手をつきながら言った。
「探索機の説明書!」
「ん?…あ。」
崎元も気がついた。
「おぉう。すまんすまん。」
二人は目つきがやや悪くなった。寮長は慌てて机の上を片付け始めた。
「梁平。古木って人。あの人があの港町・・を作ったらしい。まさか接触するとは。」
「ああ。怜也がきてくれて助かった。特に精神面で。」
「だろうな。あんな味気ない空間。急いだ甲斐があった。」
「あ、でも古木さんが作ったってのは本当か?サービスの終了は2763年って書いてあったぞ。こんなミスあるか?」
「ほう。たしかに正しくは彼は入る方法を見つけたって言ってたな。もしかすると暗号とかかもしれない。覚えておこう。」
「それと。あれ日隠神社だったぞ。倍サイズのな。」
「ん?なんのこと?」
「古木さんと喋ってたとこの奥だよ。道の突き当たりにあったのがあんな大きな神社とはな。」
「そんなところがあったのか。日隠神社…。古木さんについては謎も多いから味方とは言い切れないけど、手を引くようだったからそれほど心配する必要はなさそうだな。手を引くと言えばそうだ。G3もだそうだ。」
「なるほど。つまり残るは日隠神社と元警察か…。」
「だがその前に、二人とも今日のことを整理した方がいい。未知のものにたくさん触れただろう。見落としがたくさんあるはずだ。」
寮長が書類の山を片付け終わっていた。
「ほれ。これだ。」
説明書はA4サイズの白紙に印刷されていた。

05:意識波探索機
この装置は、もしも私が失踪してしまった時のために存在する。
私を探す以外の機能としては、この地域にのみ溢れる特定の周波数に自分の意識波を合わせることで夢の港町ドリームポートへログインすることが可能である。
・警告
この特定の周波数は南北羽里市でしか確認できなかった。それ以外の地域で試してみたが、被験者は昏睡状態に陥り回復しなかった。(詳細はMemo05-3を参照)
・使用方法
人間が側面の小さなボタンを押すと夢の港町ドリームポートへログインできる。
・追記
私の意識波はこの特定の周波数にかなり近いようで、幼い頃から夢の中で迷い込んでいた。実験05-Bで古木が発見した周波数の調整方法を実用化までこぎつけることができた。

説明者の最下部分に、雑な手書きでメモがしてあった。

・六月の探偵たちが私を市内で見つけられず、年が明けたなら、GWTの奴らに頼み込んでくれ。どんな手を使ってでもここは乗り越えなくてはならないのだ。

こちらの字は上土居本人のものだった。