八谷磨流の趣味小説!

AJUの趣味小説!

空想科学とかのネット小説をぼちぼち書いてる

猿和園(3)白き地の果てより 4話



贋ノ神はしらびとと旧世界の箱庭


友人に勧められて探偵事務所を立ち上げることにしました。
あの頼もしい後輩二人も誘ってみよう。
水無月



VM・クレバス地帯


つかの間の休息を終え、僕らが立ち上がった。その時だった。
まるで地の底から響いてくるかのような低い音が空気を震わせながら洞窟の奥から響いてきた。全員の動きが止まり、ある者は顔を見合わせ、またある者は洞窟の奥を凝視していた。音は数秒ほどでおさまった。皆を見渡していると、渉と目があった。渉は僕に向けて腕を伸ばし、五本の指を開いてすぐに閉じた(合図だ。危険、対応しろ)。僕は軽く頷いてから声を発した。
「ウーさん。これは山鳴りでしょうか。」
静まり返った洞窟内を僕の声が反響した。
「どうだろうか。私も南極で洞窟の調査をしたことは何度かあるが、山鳴りは聴いたことはないな。それに、殆どが氷洞だったしな。」
「おかしいですね。さっきの壁にしても、地殻変動が起きてると考えられますが、この辺りに火山や断層はないはずですよね。」
博が隊長に訊いた。
「ああ。ヴィソンマシフ周辺は目的のクレバス地帯を除いて比較的調査が進んでいるからな。国の調査隊も何度か派遣されているし。俺ももともとそこの所属だったのさ。」
「そうだったんですか!じゃあ、VM基地について何か知ってませんか!」
僕はつい興奮して訊いた。
「すまんな。俺が担当していたことは全て機密事項なんだ。もっとも、俺も詳しくは把握してない。だから置いていかれたのかもしれないが。徹底的な法令遵守。憧れるよ。良くも、悪くもな。」
渉が僕の肩を掴みながら言った。
「どうします。」
かなり強く掴まれた。
「この先、洞窟を進むのであれば先頭は僕が歩きます。」
「構わんが…」
隊長が言い終わらないうちに蓋星が被せた。
「まあ、ここは譲ってやってください。」
「それはいいが、理由を教えてくれないか。」
不思議そうに言う隊長に、渉が割って入った。
「いいえ、ただ洞窟でいつ何がおこるのかわからないので、洞察力の高い彼を先頭に置いたほうがいいかと。」
渉は自分の目を指差して隊長に言った。
「何より、この中で一番の目を持ってます。」
「そうか。じゃあ透君、頼むぞ。」
僕ははい。と応えて一行の先頭に立った。


暗闇に目が慣れてきた。先程は気付かなかったが、洞窟の壁には沢山の化石が埋まっていた。僕らの足はその化石の前で不思議と止まっていた。
「羽の付け根に大昔のペンギンの祖先の特徴が見られる。」
博が呟いた。薄暗い洞窟にフラッシュの閃光が走った。
「博は鳥が好きだったな。」
尽誠が足元を気にしながら言った。
「特に骨格にね。どうして鳥は翼を持つようになったのか。昔っからそれが知りたかった。」
「ふぅん。ペンギンは飛ばないけどね。」
「まあまあ。…そうそう、もう一つペンギンの痕跡を見つけたよ。地面を見てごらん。」
博は足元を指差した。
洞窟の地面は黒い砂利に氷が混ざっているから白色をしていたが、それは入り口付近で確認しただけだった。その時土を踏みしめる足の感覚は、荒い砂利ではなく土を踏んでいるようなだった。よく見ると、白の占める割合が増えていた。ペンギンの羽毛とフンだ。どうやらこの洞窟は壁の前で見たペンギンたちが巣穴にしているようだと思われた。

再び分岐しているところまでやってきて僕は初めてそれを見つけた。右へ進む道の先の地面が大きく裂けている。
「見てください。」
僕は亀裂を指差して隊長に言った。
「地面が割れています。氷の圧力で裂けたのか、先ほどの壁と同様に地中からなんならかの影響を受けたのか、僕には判別できかねますが、危険であることは確かです。」
「そのようだな。特にこの辺りはその影響が大きいとみた。これ以上先に進むのは野暮だな。」
全員隊長に賛同した。洞窟の調査を中断して、引き続きクレバス地帯を目指すことにした。


洞窟から出ると、吹雪は止んでいた。雲にも隙間ができ、そこから太陽が顔を出していた。明るさに目が慣れてくると、黒い壁の姿がより一層明確に見て取れた。ドス黒い枠組みの中に鈍く七色に光る世界が浮かんでいた。それは宇宙を描いた一つの芸術作品のようにさえ感じられた。太古の動物たちが闇を泳いでいる。銀河のような大きな巻貝。星雲のような、所々に集まる微生物。底の方には黒い塊が渦巻いており、およそそれが何者であったかを推し量ることはできなかった。そして、氷から押し出されたあのミイラはさながら錆びた宇宙船といったところか。今は見ることができなくなった太古の世界がそこに存在した。その佇まいに圧倒され、蓋星も写真に収めるのを忘れかけていた。胸騒ぎがしていた。神秘に満ちた壁を前にしての興奮なのか、無尽蔵に大きな大自然の力への不安なのか。

僕らは再び平坦な白銀の大地を進んだ。ヴィソンマシフが大きくなるにつれて、大地には裂け目が現れ始めた。中には雪に埋もれていて、目視で気付けないものもあった。
その時アンザイレン(登山用のロープ)が小さく三回震えた。隊長からの合図だ。
「平たい道だからって油断するな!しっかり踏みしめてあるけ!」
経験者の発言は重みがあった。
アンザイレンが再び震えた。四回。最後尾からの了解の合図だ。
この時の順番は、先頭がウーさん、二番手が力のある尽誠、三番手が僕、四番手が安生さん、五番手が博、最後尾が蓋星だった。
これからクレバス地帯に突入する。その時だった。目の前から隊長が消えた。轟音が鳴り響いて地面が揺れた。
尽誠が踏ん張っているのが見える。僕は後方に合図を出した。先頭と距離を縮めると、オレンジのウェアが目に入った。間一髪滑落は免れていた。そして隊長の前方には大きな裂け目が口を開けていた。つい先刻までは固まった雪が覆いかぶさっていたのだと考えられる。それは、クレバスと聞いて想像していた以上に大きく、深かった。底を覗くと薄暗く、かろうじて落下した雪が積もっているのが見えた。数秒前まで前方には雪の丘があった。それがまるごと消えたのだ。
「すまん。助かった。」
隊長は頭を抑えていた。裂け目を真っ直ぐに見据えたその目には光がなかった。
「大丈夫ですか?頭打ちました?」
安生さんが焦った様子で聞いていた。隊長はしばらく黙っていた。
「いや、思い出したんだ。あの時をね。」
隊長は顎をさすりながら、捻り出すように言った。いつもの陽気さが微塵も感じられなかった。それほどに、取り残された時のショックは大きかったのだろう。
「少し、休まれますか?」
安生さんが隊長に尋ねた。
「もう少し進もう。目的のクレバスが近い筈だ。」
博が顔をしかめて答えた。
「そのはずなんですが、位置を示す調査用発信機からの反応が、すぐ目の前から発されています。どうやらこの巨大なクレバスがそれみたいですね。」
「そうか。では降りる前に手順を確認しよう。非常事態とはいえまだ損失は何一つない。慎重にいこう。」
依然として博は顔をしかめていた。
「そうもいきません。先発の調査隊からの信号も三百メートル圏内で途絶えています。半日前に合流地点に到達したという連絡を最後に受け取ったきりです。小さな丘。いまはクレバスの底ですが。」
「だが、そうであれば雪が今落ちたことに納得がいかない。彼らは無事な筈だろう。」
「合流地点は目的のクレバスよりも我々側です。つまり…」
渉が僕の肩を掴んで指をさした。
前方の崖に少し平らな部分があり、三つの赤い蛍光色が目に入った。

全員で呼びかけた。一つのウェアが動くのが見えた。
「博!通信機!動いたらまずい!」
尽誠が気づかなかったら危なかったかもしれない。彼らの近くで大きな雪の塊が裂け目の底へと滑り落ちていった。
「こちらヴィソンマシフ第三クレバス後発調査隊、伊津野博。対岸から三人とも目視で確認できます。他二人は無事ですか。どうぞ」
「こちら同じく先発調査隊、南天陽浩。先程の雪崩で私以外は意識を失っています。どうぞ」
「救助を行います。手順を決めましょう。どうぞ」
二つの赤いウェアが先程より黒く見えていた。もう雲が戻ってきたのかと空を見上げたが、太陽はその姿を空に留めたままだった。影がさしたのではない。次第にその真実が頭の中に割り込んできた。
「不要です。予定を変更し、クレバス内で合流しましょう。どうぞ」
「二人をどうするつもりですか。どうぞ」
「死亡を確認しました。どうぞ」
「…。ご冥福をお祈りします。十分に休まれてから降りてください。どうぞ」
寒気が走った。極寒の地にあって寒さに慣れた僕達にも、その寒気は感じられた。
「了解。本部に連絡した後、降下を開始します。どうぞ」
「了解。」
亡くなったのは桜川実さんと朱田哲也さん。三人は壁面から突出した部分に落ちれたものの、それは複雑な亀裂で構成されていた。二人は腹部を思いっきりやられたらしい。隊長曰く、ベテランの二人だったそうだ。
僕らはしばらく対岸を見つめていた。一歩間違えれば隊長、そして僕達もああなっていたかもしれないという事に身震いした。いや、それだけではない。大いなる自然の力を目の当たりにした実感を身に染みて得た。獣が生きるために喰らったのではない。悪が快楽の為に屠ったのでもない。目的も、感情もそこには存在せず、ただただ純粋な大いなる力に彼らは飲まれたのだ。その黒ずんだ谷は僕らに命の儚さ再認識させた。人間だって簡単に死ぬ。生き物なのだ。
「そりゃ縋りたくなるよ。」
祈りを捧げてから、降下の準備を始めた。
クレバスの半ばに反対側とも繋がる大きな足場があり、そこへ降りて南天さんと合流した。最中、本部からの返信があり極渦の発生が告げられた。それにより急遽、本部から救助隊が組まれることとなり、荷物のうち余りの品を譲ってくれた。
「二人の遺体はどうなるんですか。」
蓋星が訊いた。
「あいつらはここに残ることを選択してる。本望だろうよ。君も契約書で見てるだろう。…そうだ。そのカメラで撮ってやってくれないか。ほらこっからでもよく見える。」
白と黒のコントラストに暖かい光が射していた。



VM基地


南天さんは一人で氷壁をずんずん登って行ってしまったので、僕らは調査を開始する事にした。まずはクレバスの底へと降り、簡単な調査を行った。周囲は起伏が大きいものの、落雪に注意すればこれといって危険な場所はないことがわかった。また、裂け目の端は傾斜がやや緩やかで、底の部分はそこまで広くなく、僕らが降りたのはその底の丁度ど真ん中であった。調査することは二つ。一つは地形調査。衛星からの調査で大まかな形は認識できるものの、この辺りは常に大きな雲や嵐が停滞しており、特に風が不安定であるため、航空機やドローンによる緻密な調査ができないためである。もう一つは生態調査。先程のペンギンのように比較的沿岸に近い洞窟やクレバスに生物が存在しており、近年生態系が存在する可能性が示唆されているためである。
「やはりな。」
すぐに隊長が大きな縦の亀裂を見つけた。亀裂の脇には、凍ったペンギンの羽毛が張り付いていた。
「これは…先程のものとは違いますね。」
博が羽をひとつまみした。
「この羽は見たことがありません。広がり方がアーキム種に似ていますが、それ以外に共通点が見受けられません。」
「アーキム?それ昔の菌とかのことじゃ?」
蓋星が怪訝そうに訊いた。
「そう。アーキム種とは我が社の調査隊が初めて見つけたペンギンの種なのだが、同時に氷解した菌による感染症の原因になってしまってな。よくある話だ。」
「よくありはしてませんよ。」
博が苦笑しながら付け加えた。
「おい。」
少し進んだところで尽誠が呼んでいる。
「どうした?」
僕は彼に近づきながら声を発した。
皆が亀裂に入った頃、尽誠は口に人差し指をあて、静かにするよう促した。
「おい。あれ。」
尽誠はもう片方の指で前方を指さした。
目の前の雪塊が動いている。光をあてると、それは一層大きく動き始めた。どうやらペンギンの雛であるようだ。雛は灰色の羽毛に覆われており、地面を這い回るように動いていた。雛たちは光が当たらない所まで逃げると動きを止めた。
「すごい。あんな大きな雛は初めて見た。」
博は蓋星に写真を撮るよう(もちろんフラッシュはオフで)促しながら、興奮気味に喋っていた。南極の条約により、人間からペンギンに接触をはかることは認められていないため、周辺に残された形跡から調査を行った。
這って移動していたため外見から身体の構造を調べることは困難であった。他の種に比べて変わったところはその移動方法と、目がほとんど見えておらず、光の有無を判別することしかできていないことの二点だけであった。代わりに嗅覚が優れているようで、僕らが近寄ると避けていった。
「盲目ペンギンってところか。」
尽誠の呟きを博が掬った。
「うん。ここは巣に見えないから、単に産まれたばかりで目が見えないってわけじゃなさそうだね。」
「成鳥って可能性もあるのか。」
隊長も興味を示していた。
「そういえば隊長の傷はクレバスでペンギンにやられたって…」
「こいつじゃない。」
隊長は盲目ペンギンの方を見詰めたままだった。
「こいつらは嘴が平らだ。あいつは鋭い嘴をもってた…あれは本当にペンギンだったのだろうか。すまんな。あの時酷く頭をぶつけてよく覚えてないんだよ。」
「大丈夫です。先程も何か思い出したって言ってましたね。何か教えてくださいませんか。」
僕は情報なら何でも欲した。かなり図々しかっただろう。それでも隊長は応えてくれた。
「そうだな。ここは暗いし危険もある。クレバスの底ですら正午以外ほぼ陽が射さないだろうし、拠点づくりといくか。話はそれからだ。一旦休もう。」
拠点はとても重要な意味を持つ。休憩をとるだけでなく、非常事態の砦や何かあった時の集合場所になる。特に精神面を支えてくれるのが心強い。落雪を受けないよう出っ張った壁を利用してテントを張り、雪を掘って作った窪みで化学燃料を燃やしてお湯をつくった。僅かに見える空は薄暗い雲に包まれていた。

拠点を作り終えて休息をとっている間、皆の表情が暗いのを見て隊長は例の巨大な鳥について話してくれた。
「あいつは白くて大きな鳥だった。鳥なのは確かだ。だが今回と同じように比較的海に近いとはいえ、クレバスの底にまでカモメやアルバトロスが入ってくるとは考えにくい。」
「あの盲目ペンギンよりも白かったんですか?」
「盲目ペンギンで定着してるな…雛ってだけかもしれないけど。」
「…白かった。羽を広げると俺を覆うくらいに大きくて、だが、飛べないようだった。」
「飛べなかったから、ペンギンだと考えたんですね。」
隊長は頷いた。
「熊や海豹と同様に寒冷な環境によって体積を大きくしたのかもしれませんね。」
皆が口々に意見を言い合っている中、眠そうにしていた蓋星が持っていたカップを落とした。
「ごめん。つい…」
中身のお湯は真横の氷壁にかかり、その表面をザッと溶かした。つい先程までは真っ白だった壁から、ガラスのような壁が露わになった。
おおっ。と声が挙がった。僕はすぐに壁を拡げた。どうやらこの地下空間の壁には昼間落ちてきた雪が張り付いているようだった。
「あまり拡げると上の雪が落ちてくるかもしれない。そうなったら俺たちまるごと雪の下敷きだぞ。」
渉が後ろから声を掛けてきたが、御構い無しに姿見サイズの壁を彫った。ライトをつけて覗き込むと、向こう側のペンギンがいた空間がぼんやりと見えた。
「これはすごい。こんなに透明な(氷)壁は初めてみた。」
「暗くて気がつきませんでしたが、亀裂の中も同じ壁のようです。今度は壁を調べて見ましょう。」
隊長に提案した。


拠点で夜明け(といってもクレバスに光は射さないが)を迎えた。僕達は早速ペンギンのいた亀裂へと入っていった。ヘルメットに加えて大きな手持ちライトを壁に向けて進んだ。
「特に何もないな。」
3分ほど歩いたところで尽誠が呟いた。
「ペンギン達はどこへいったんだ。」
ライトで照らしても入口はもうとっくに見えない。僅かに感じられる風が僕らの正気を保っていた。
「みんな止まって。」
先頭を歩いていた僕は皆の足を止めた。
「風が。風向きが変わってる。」
十歩程戻ったところで、風が足元から吹いていることに気がついた。皆はライトを一斉にそこへ向けた。
「ここにもペンギンの羽毛がついてるな。」
蓋星は屈み込んで隙間を覗いた。
「どうだ。何か見えるか。」
尽誠もそこへ近づいていった。
「いや、一直線なんだけど先がすごく長くて。何も見えないな。」
僕も近付こうとして、異変に気がついた。渉がまっすぐ前を向いて硬直していたのだ。不思議に思い、顔を覗き込むと、目はまっすぐ前を向いていた。
「おい。透…あれ…」
渉が見ていたのは隙間の上。その壁の上方へライトを向けると、そこには明らかに人工物と思わしきものが在った。黒い、車輪のついた機械。と、その少し上にパラボナアンテナのようなものも在った。隙間の真ん中に位置していたということは、氷に挟まれたということなのだろう。機体はかなり損傷しているように見受けられた。
「うおっ、何だこれ。」
他のメンバーも気づきはじめた。
「農業用のバギーに似てますね。」
「でも南極の内陸で、なんで。」
「少し構造が違うみたいだ。取り出せたらいいんだけど、今の装備で可能でしょうか。」
渉が隊長に訊いた。
「今あるのはピッケルが二本。拠点にハンマーが一本。発掘に使えそうなのはこのくらいか。」
「すみません。」
そこで博が壁の前に出た。
「つるはしで窪みを作ってください。」
「何か方法があるのか。」
「ええ。作っておきましたよ。大量の三ヨウ化窒素爆弾。威力は弱いので崩落の心配もありません。」
「それで、大量の濾紙を。」
「それこいつらがここに到着した時のことなんだけど、よく覚えてたな。えーと五ヶ月前…兎に角、発掘作業を開始しよう。」
悠久の時を経て押し固められた壁は、氷とは思えないほどに堅牢だった。この壁にとって僕の振り下ろす氷斧は蟷螂の斧に過ぎなかった。苦労の末に、拳ほどの窪みを作ることができた。
「じゃあ爆破する。念の為崩落に備えて全員洞窟から撤退。」
隊長の指示で拠点へと戻った。極渦による悪天候のため日は射していなかったが、朝よりかなり明るくなっていた。
「爆破!」
爆裂音は洞窟内を反響し、かなり長く轟音は鳴り響いていた。
「よし突入。」
数分待って特に以上はみられなかったので、調査を再開した。
「少し別の爆薬も混ぜてたけど、実験通りの威力だ。」
「完璧。」
渉が博を褒めた。壁のは丁度あと数ミリのところまで削り取られていた。慎重にそれを取り出すと、多くの部品がなくなっていることがわかった。主軸上部のアンテナと側面の四箇所の接合部分、後輪が一つ、そして後方。
「この隙間が閉じる時に挟まれた。としか考えられないけど、一体いつの物なんだ。」
「ロゴもメーカー名も見当たらないな。」
「特徴は何もなさそうだ。」
僕はその近くに袋のようなものを見つけた。掘り出してみると、円形の金属製の容器が入っていた。缶詰のようだった。
「これを。」
隊長に手渡した。
「…缶詰か、開けてみよう。」
ピッケルで蓋をこじ開けると、中身は乾燥した豆のようだった。
「缶詰に豆とは珍しい。見たことない形だな。」
手に取った豆は砂のようにパラパラと崩れ落ちた。缶詰のラベルはもう色が落ちていたが、微かに「軍」という文字が読み取れた。
「漢字を使う国の軍が南極へ来たことなんてないはずだがな。」
「軍のマニアかも。」
そこで安生さんが気がついた。
有機物が見つかったってことはこれがいつかわかりますね。」
南天さんから受け取った機材の中に、簡易型炭素14法年代測定器があった。
「あーあれか。博。持ってきたか?」
隊長は博の方を振り向いた。
「ありますよ…って、炭素の半減期は5730年くらいですよ。この機体どうみても千年も経ってないでしょ。」
ジェット機で隣の家に突っ込むみたいだな。」
渉の突っ込みに思わず吹き出しそうになった。(吹いたかもしれない)
「まあ兎に角。やってみようか。」
博が背負っていた鞄から四角い枠組みに囲まれた機材を取り出した。早速豆の一欠片をセットした。数分後、結果が示された。
「渉。こいつお前の頓狂なギャグより狂ってやがる。多分滑落の時におかしくなっちまったんだな。」
博はそう言って表示された数値を指差した。
「1.2.0」
「百二十年か?」
尽誠が訊いた。
「一万…二千だよ。」
博が鼻にかけながら答えた。
「小型化に成功した最先端の機械だぞ。一体いくらしたんだろうな。全く。」
隊長も呆れ気味に呟いた。
「いえ、正常ですよ。」
渉は機械に関してはかなりの知識を持っている。それはこの最先端技術にまで及んでいた。
「回路にも異常は無いし、なにより何の問題もなく作動してる。」
オーパーツ…あり得ない」
僕は何がなんだかわからなくなっていた。興奮と不安。それらをかき消すような疑問。だが、これでわかったこともあった。
「だがこれでわかったな。この世界にはやっぱり何かが隠れてる。」
「この南極で、何か手がかりが得られるといいんだけど。」
皆、半ば放心状態だった。無理もない。
「あるさ。」
隊長が呟いた。
「俺は元々…」
そこで天井が突然崩落した。
「まずい!入口側だ!」
尽誠が叫んだ。
「音がやまない!今は反対側へ進もう!全員離れないように!」
軋むような音がずっと聞こえていた。走り出してからすぐ後ろで雪が崩れる音がした。
「嘘だろ。」
目の前に巨大な空間。そして雪山が現れた。

それは見覚えがあった。訓練中、帰還した拠点で見かけた。雪を被っても、頂上はその温度で黒い頭を覗かせるのだ。
「エンジン…か?デカすぎる…」
蓋星が駆け寄り、その雪を払った。上部に文字が刻まれていた。「守司鉄鋼」。これも知っている。
「故郷の地名を世界の果てでみるなんてな…」
「よくこの工場の前で釣りしてたなぁ。今でも国家管轄で操業する最後の工場だったっけ。」
「なるほど。読めてきたぜ。」
「…この先が、VM基地。国家秘密基地だ。」
隊長の声が低く響いた。
「…ウーさん?」
「俺は元国家遠征隊員。VM基地へと派遣され、道中クレバスへ滑落。例の鳥に襲われながら辛うじて一人で脱出した。その後、何故か南極からの帰還が禁止された。」
「それで。民間基地職員に。」
「今回お前たちがヴィソンマシフでの事故の調査を、まして同行なんて依頼してきたのは、此処へ辿り着くためなんだろう?博から聞いたぞ。…俺一人じゃできなかったが、今は違う。真実を突き止めに行こう。」
扉がエンジンの裏にあった。それは非常口のようだった。
「入れるんですか?」
「ここはな。だがこの先には内部ロックがかかってるはずだ。」
扉は錆びついて想像以上に重かったが、中に入ると雰囲気が一変した。
「古めかしい建物だと思ったら、中はりっぱだな…」
「そうなると、あのエンジン…この基地は一体どれほどの規模なんだ…」
「何もかもこの先の奴に聞こうじゃないか。さあ。此処が入口だ。」
狭い通路がいくつも集まり、大きな扉が現れた。側にロックらしきものが見える。
「おかしいな。開かない。」
隊長が手間取っていた。
指紋認証か暗証番号の入力なんだが、どうやら俺の番号はとっくに無効らしい。」
「内部と連絡を取る方法はないんでしょうか。」
「監視カメラくらいあるだろうから、気づいてもいいと思いますけどね。」
僕は装置の周辺を調べてみた。その時、手が画面に触れた。
「認証完了。ロックを解除します。」
意味がわからなかった。
「なん…で…?」
扉が大きな音を立てて開いた。内部は地下施設にしては広く…
(いや、「広い」などと形容するには勿体無い。どうしてこの南極の地下に建物が存在できるのだろう。氷河の動きに耐えられるはずはない。それとも、ヴィソンマシフの麓の地面下だったのだろうか?)


エントランスホールなのだろうか。奥のステンドガラスとその周辺、そして天井数カ所がほのかに明るくなっていた。壁に表示された地図がこの施設の規模の大きさを物語っていた。
扉が開く音がした。左手から白衣をたなびかせながら、誰かが駆け出してきた。基地の研究者だろうと思った。
「っつ、ツクシ様ぁ。御足労様です!ぇえ…お迎えが遅れたのはぁその寝ぇてたわけではないですよぉ。ちゃんと毎日のノル…あれ?」
「あの。すいません。研究員の方…ですか?」
「あぁ。ええと。ツクシ様は……いない。えーでも指紋認証の記録が…うーん。確かに西裏口から入ってくるなんて前代未聞だし。」
「あのー。」
「ああ!すいません!お客様だ!…えーとどうしたらいいのかな。セキュリティの確認。ぁ…とりあえずこちらへ。おつかれでしょう。」
「あ、はい。」
僕らは彼が出てきた方とは反対側へ案内された。
「あ!ツクシ様くるの明日だ!」
「…大丈夫かなあの人。」


僕らは会議室のようなところへ通された。
「そーですね。じゃあ。何か訊きたい事ある人?」
全員が手を挙げた。
「おっと。じゃああなたから。」
僕が指さされた。
「こ…」
「あ。先に名前もお願いします。」
なんとも間が悪かった。中には笑い出しそうになる者もいた。
「水木明です。この施設は何の施設ですか?」
念のため偽名を使った。
「水木くん。後でセキュリティ確認手伝ってね。…ここは、政府の研究施設。だった。今は私だけがここの職員です。主に設備と、自然再現園の管理をしています。」
「自然再現園。とは?」
「まって、順番に訊くよ。」
「はい。君。」
次は渉だった。
「土谷和樹です。此処はいつから存在してるんですか。」
「んーそれはよく知らないんだけど、少なくとも三十年前にはあったみたいだよ。」
「はい。」
博だ。
「守屋十也です。外に見たことないペンギンがいました。白くて地面を這い回る。知りませんか。」
「ぁあ〜。あの時のか。ぇーといいのかなこれ。…多分新種のペンギン。洞窟とか暗い環境に適応してるんだ。成鳥に成っても雛のような姿で地面を這い回る。エサ。エサは地下空間に自生する植物さ。」
「なっ、南極の地下に植物が?」
「国家機密だよ、なんてね。はい次。」
尽誠の番だ。
「蓮台野拓真です。僕らが此処へ辿り着いた理由なんですが、この辺りは数十年前から新しくクレバスが発見されているそうです。ここに来るまでもいくつか地殻変動の影響を見ました。何か知っていませんか。」
「蓮台野くん。ふむ。…特に心当たりはないが、この辺りに新しく火山でもできたのではないか。と私は考えます。…早いとこ撤退した方がいいかも…ね。」
蓋星が指さされた。
「ん…宮野天です。じゃあ一人になってからどのくらい此処に?」
「んん?んー。五、六年くらいかなぁ。それまでは相棒。みたいな奴がいたんだけどー。辞めちゃってそいつ。…こんなでいい?」
「ありがとうございます。」
「じゃ次。」
「安田景子です。必需品とかの搬入は?」
「搬入?特にないよ。此処では百人が百年は生きられるだけの在庫とシステムが整ってるんだ。」
「じゃ最後。」
「うわば…」
身震いしそうになった。多分「み」まで出てだと思う。目を向けると安生さんが肘打ちの準備をしていた。
「ゴホン。失礼。上原三郎だ。実は数年前に国家遠征隊なるものと交流した。そいつらは今何処へ?」
「んー?あぁ。…もう、帰還したよ。」
「そう…ですか。」
「上原くん?それにしても凄い傷ですね。」
君呼びに違和感があったがこの人には今更というふうに感じた。
「ええ。昔クレバスに落ちた時大きな白い鳥にやられまして。」
「なに。そんなのがいるんです?」
「いえ私もよくは憶えてないんです。ただ、羽を広げると私を覆うほどの大きさであったことと、飛行能力が無かったことは覚えています。」
「そっか。…うーん。とりあえず見てもらった方がいいかもね。」
「というと?」
「機密事項が多いから全てを案内は出来ないんだけど、自然再現園にはお連れできますよ。」
「おぉ。」
博は嬉しそうだ。
「準備してくるから待っててください。あ、その前にお茶でも。」
「どうも」
大きめのエスプレッソマシンが机の上に置かれた。
「えっ。」
彼はまず茶葉を近くの引き出しから取り出して、マシンにセットした。
「ここで採れた茶葉ですよ。」
「なるほど。」
自然再現園には農場もあるようだ。
「なるほど。百人が百年生きられるシステムってわけか。」

彼が出て行ってから、皆そわそわし始めた。
「なあ、と…」
蓋星が僕に話しかけてきた。
「監視マイクとカメラ。ここ絶対あるだろーな。」
渉がすかさず本名を晒すのを防いだ。
「確かにな。それにしてもこんな充実しているとは。日本の都会ビルと変わらんなー。」
お茶を飲みながら隊長も部屋を見渡していた。
「しかし不思議ですね。自然再現園とはどの程度の規模なんでしょう。」
「百人が百年…うーん。本部の研究農園(約40m×20m)と同じくらいじゃないのか?」
「そうですね。一人で管理してるみたいですし。」
体を休めてそんな話をしていた。疲れ切ってはいたが、この興奮において誰一人として眠ることはできなかった。
そして数分で彼は戻ってきた。
「お待たせしました。どうぞこちらへ。」



旧世界の箱庭


僕は彼に尋ねてみた。
「許可とか大丈夫なんですか?」
「機密事項には触れないよう気をつけますよ。それに久しぶりのお客さんなんです。特別ですよ。」
「何年も一人なんですよね。」
「…まあ私は嫌いじゃないんですよこの生活。それに園の奴らもいるしね。」
「そういえば名前…」
「あれ。そうでしたね。僕の名前は…あ、ホラここ。」
胸元にネームプレートがあった。中身の紙は酸化して色褪せていた。
「白地…」
マサルです。果てと書いてまさると読みます。」
「へぇ。」
「南極に似合あうでしょう?」
彼は笑って言った。彼は管理者、つまり政府の者ではあろうが、堅物でなくて大いに助かった。
「そいえば皆さん食事は?」
「あ。昼食摂ってない、です。」
「じゃあこちらで準備しましょう。」
「本当ですか!」
「はい。」
会議室のものと同じくらいの大きさの扉が突き当たりに現れた。
「さあこちらです。」


広めの個人用オフィス(と言った感じだろうか)が出現し、その奥には入口と同じくらいの大扉があった。
「では。行きますよ。」
扉の上には「Noah's Garden」なる文字があった。方舟ではなく箱庭と言いたいのだろうか。


扉を開けると、粗末な小屋のような部屋が現れた。彼は奥の藍色の扉へスタスタと歩いて行き、鍵を開けた。部屋の中へは薄汚れた窓から明かりが入ってきていたが、扉を開けた瞬間、暖かい日差しが僕らを包んだ。思わず瞑った瞼を開くと、そこには信じられないような景色が広がっていた。僕は思わず駆け出した。
「あーまだ遠くへいかないで!集団で行動しますよ!私が案内します。」
彼の声にハッと振り返る。
「はは、つい。すいません。」

「こんなこと…ありえない。」
「夢なんじゃないのか。」
皆感嘆の声をあげていた。予想外すぎる展開にただただ呆気にとられていた。表現するならば、色が戻ってきた。僕らの乾いた目に生き物の色が戻ってきた。そんな感覚に襲われた。
「ここが南極なんて信じられないでしょ。」
彼はどこか得意げに言った。すぐ近くから鳥の鳴き声がする。
「ヒマラヤヒヨドリとホウライウグイスです。ここには世界各地の動植物が集められ、独自の生態系を我々が管理しています。」
「我々?」
「私と、所謂人工知能です。」
なるほど。と思った。たった一人でこの広大な領域を管理するなんて間違いなく不可能だろう。人工知能は主に個体数や気温、湿度などのデータを収集するそうだ。餌やりが必要な種の判定も行うという。

歩いていくと、水辺が現れた。
「川ですか?」
「殆どが池です。日本の魚等用に急流エリアもありますが、お金掛かるんです。」
「まるで自然公園だ。空はどうなってるんですか?」
「上原くん。いい質問ですよ。天蓋は照明です。といっても政府が開発したとある新技術が使われてますよ。」
渉が食いついた。
「高性能太陽光パネルですか?」
「いやいや。土谷くん?ここは南極ですよ?」
「あっ。」
無理もなかった。あそこはまさに楽園だった。まさかそこが世界の果てにある極寒の地の地下だなんて信じられなかった。


しばらく進むと古そうな建築物が出てきた。
「白地さん。あれは?」
「水木くん。あれ遺跡に見えるでしょ?でもあれ蟻塚なんですよ。」
「デカすぎやしません?」
「でしょう?厳密には白蟻のものなんですが。彼らはアマゾンの奥地で見つかった新種です。」
「アマゾンかー。確か蟻は蜂の仲間で、白蟻はゴキブリの仲間なんですよね。」
「よく知ってますね守屋くん。いいでしょう。一つ教えてあげましょう。」
「おお!何をですか?」
「彼らの生態です。…なんと彼ら、移動専門の個体に運ばれるんです。」
皆の足取りは止まり、蟻塚の方へと注目がむけられてきた。
「そうですね。彼らは職業別に発達する器官が違うんですよ。水を蓄える者、葉を採取する者、菌を栽培する者そして彼らを運ぶ者。女王がいることは他と変わりませんがね。」
「高度な社会ですね。」
「ええ。他に類を見ません。」

それからまた歩き、山の方へと入って行った。
「この山が箱庭の真ん中です。ここ登ったらお昼にしましょう。」
山は日本のそれとそっくりだった。
「急流エリアもこの山にあるんですよ。」
目の前に見覚えのある光景が現れた。
「あれ。この川。どこかで…」
「モデルは日本の羽里山です。」
「やっぱり!そうですよね。」
「おお。それはすごい。」
「この五人は羽里県出身なんです。」
「奇跡ですね。」
まさか故郷の風景まで見れるとは。本当に楽園に思えた。

そして景色が開けたと思うと、奥に赤い鳥居が見えた。

「あれは…」
「神社ですよ。建てちゃったみたいですね。」
「かなり痛んでますね。」
「最後の改修工事は十五年前だったはずです。ま、今は僕がここの神様みたいなものですけどね。…ニセモノの神さま。」
この言葉の意味は、この時はまだわからなかった。

お詣りを済ませて側の建物へ上がらせてもらった。
「ここには僅かですが食料があります。安心してください。僕が昨日持ち込んだものです。」
出された食事は完全に和食で、白米と焼き魚、そして味噌汁だった。
「全部こちらで?」
「ええ。そうですよ。あっお味噌は持ち込みのです。」
その日は山を降りて米の収穫の手伝いをした。
動物達は全く姿を見せなかった。鳥達が飛び交う様子や魚が泳ぐ様子だけが僅かに見られた。「警戒心が強すぎませんか。」
「そうですねぇ。結局彼も現れませんでしたし…。」
「彼?」
「いえ、気にしないで。…普段こんな大勢の人が来ることなんてありませんから。ちなみにここに生きる者の多くが絶滅の危機に瀕したもしくは絶滅した者達の生き残りなんですよ。」
なるほど。入口の文字の意味が理解できた。

季節は日本に合わせているらしい。もちろん夕焼けも再現してあり、夜は暗くなった。僕らは箱庭を後にした。
入口の小屋に戻ってきて、ふと黒い機会が目に入った。
「このバギー。外に…氷壁に挟まってたのと似てます。」
「えっ。」
彼はかなり驚いていた。
「んーーー?昔そんなことがあったような。いや、わかりません。」
その後回収した機体を見せると、政府用に開発されたものと同じ機種であることが判明した。きっと今までの職員の誰かのものだろうとのことだった。缶詰については全くわからないとのことだった。彼は全てのデータを確認し、機体が何時のものであるかを調べると言った。一研究員に見えた彼は「柱人はしらびと」と呼ばれる役職だった。ここでは最高クラスの権限を持っており、如何なる情報にもアクセスできるそうだ。柱人の柱とは何かと問うと彼は妙に落ち着いた様子で、
「国を支える柱であり、また神を数えるのに用いる柱でもある。」
と答えた。

基地内から本部に連絡を取り、政府(裏だろう)からの了承も得、VM基地に泊めてもらえることになった。僕らはそれぞれ職員用の四人部屋に通された。僕は渉と尽誠と蓋星。もう一方の部屋が博と安生さんと隊長だ。
そして静かな夜を過ごした。少年時代のような興奮が続いた為、疲れ切っていたのだ。だがこれは良い事だったと思う。なんせ僕らはこれから人生最悪の日を迎えるのだから。彼らの正体と、あの旧い世界の忌々しい真実を知るのだ。


どうかこの記録を記し終える勇気を。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜<人物紹介>六月の探検隊❹

(Aoyama Jinsei) 男
一人称:俺
年齢:24歳
誕生日:8月20日
身長:170cm 体重:58kg
視力:右1.0 左1.0
血液型:O
イメージカラー:深緑色
座右の銘:人間到る処青山あり
大学:盃蔵大学(私立)
職業:大学生(法学部)
特技:魚料理 応急手当
趣味:海釣り
好きな菓子:吾妻の板チョコ

猿和園(3)白き地の果てより 3話


歴史から切り取られた世界




今は過去を整理することにします。
僕の使命は時を刻み残すこと。
水無月



黒い壁


翌日。訓練が始まった。
僕たちは装備を整え、基地の本部棟に集まった。
「みんな!紹介する。僕たちの隊を率いてくれるウタロっち。」
「伊津野!その呼び方はやめろ。なんかそれは気に食わん。えー俺が隊長の蟒 雩太郎だ。年は三十五。視力は両目とも1.0。特技はカマクラ速作りだ。ウワバミは言いにくいだろうから、ウーさんとでも呼んでくれ。よろしく。」
(博いわく隊長は視力をすごい気にしているそうだ。南極では視界が大切なんです(?))
紹介された男の顔は年よりも老けて見えた。頬に大きな古傷があった。それは竜崎さんのとは違い、刺し傷のようだった。以前同じような傷を持っていた人を父の部下に見たことがある(武道の稽古?中に受けた槍の傷)。しかし隊長のそれは、かなり深い傷だった。強面だが、口調は軽快で、明るい性格のようだった。
「そしてこっちが医療担当のキョウコっち」
「はい。衛生医療担当の安生協子です。年は皆さんと同じ二十四です。誕生日と血液型は博さんと同じ五月十二日のB型で、好きな色はピンクです。」
真面目そうな女性の顔は少し雪焼けしていた。
「僕らは事前に受け取った資料で君達のことは把握してるけど、ほかに何か捕捉や質問はないか?」
「じゃあウーさん。誕生日はいつですか。」
「昨日だ。五月四日。その赤っぽいボサボサ頭…お前だな自由紹介欄に好きなバナナの産地を書いたのは。」
「え、あ。はい。フィリピン産バナナ。おいしいですよね。…一本どうぞ。」
「俺もだ。」
ウーさんは蓋星が懐から取り出したバナナを貪りながら再び質問を待ったが、誰も口を破る者はいなかったので、早速訓練に移った。



「なぜ隊長が必要かというと、このモービルを操縦する者が要るからだ。」
荷物を積む僕らに隊長は機体を軽く叩いて言った。各々言葉を交わしながら準備をすすめてた。
「協子っち。医療キットはこれでよかった?」
「うん。」
「中身確認しといて。俺わかんないから。」
「ありがとう。はいこれ。本部研究室からあるだけ全てよ。でもなんでろ紙なんかが大量に必要なるのよ。味噌汁飲まないと寝られたいとか?」
「まあね。訓練からもどったら追加のろ紙を発注しといてくない?」
博は言いながら踵を返して自分の施設に早足で歩いていった。
「はいはい。あっ、そうだった。ウーさん、訓練には不要ですが、IF抗生物質が不足しています。」
「ん?大丈夫だろ。もう感染は治ってるし。それに緊急でない限り届くまで半年かかるしな。」
先頭の荷台で交わされていた会話に渉が割って入った。
「なんですか。それ。」
「君は…渉君だね。」
渉は軽く頷いた。
「あっすいません。ちょうどそれについての調査方向が本社から。」
「おお、そうか。じゃ私が話そう。いや何。ついこの前…一ヶ月ほどまで謎の感染症が発生しててね。原因は我々が持ち込んだとも、基地建設によって溶けた氷から復活したとも言われてるが、ま。何にせよここで風邪なんてひくことはないから大騒ぎしたってわけさ。」
「…どんな症状でしたか?」
渉は隊長の顔を真っ直ぐに見たまま訊いていた。
「そうだな。急に高熱が出るんだ、あとは食欲が減る。…関節が痛いなんて奴もいたな。」
その時渉はなにかを呟いた。僕は二番めの荷台で作業していたが、それはかつて父から聞いたことのある、旧い文明がこの地上から殲滅したというウィルス感染症の名前だった。
「何か言ったか?」
「いいえ。ただ、似たような症状の病気を知っていたもので。…抗生物質。効果なかったんじゃないですか?」
「やはりか。ああ。目立った効果は得られなかった。こうして治まるのを待つしかなかった。」
「そうですね。きっとそれは細菌性ではなくウィルス性の感染症だからでしょう。耐性を得ちゃうんです。予想通りなら致死性は低いと思われますが肺炎などに繋がる危険性があります。」
「上土居さん、でしたね。すごい。今送られてきた調査報告にもそう書かれてます。どうやら新薬があなたたちの乗ってきた船に積まれているようですね。…でもどうして。あなたも、他の方も医学系や生物学系の方はいらっしゃらないはずじゃ。」
安生さんが抑えきれずに渉に訊いた。
「面白い話は覚えてるんです。昔父が話してくれたやけに技術の発達した昔話の流行病そっくりで。」
「それは面白そうですね。是非今度聴かせて欲しいです。」
「構いませんが…何せ私自身とても幼い頃に聞いたっきりなのでちゃんと覚えてるかどうか。」
先頭の会話が気になって手が止まっていた。僕も抑えきれなくなって会話に割り込む。
「渉も覚えてたか。霧酉物語。」
「そうだっけ?これは莱路抄じゃなかった?」
「いいや。畏風伝だから霧酉だよ。」
「まあいいや。覚えてるなら透が話してあげなよ。」
僕は物語するのは好きなので快諾した。
こうして明るい雰囲気の中環境順応訓練が始まった。初めは数時間の活動を通して南極で生き抜くための様々な技能を習得した。隊長のカマクラ速作りは伊達じゃなかった。
そうして三ヶ月ほどが経ぎ、八月になってはじめての探索の許可が下りた。冬も終わりに近づいていた。計画を含め探索にも隊長と安生さんは同伴した。
まずはヴィソンマシフ山の制覇を目指し、その手前の山脈と大量のクレバス地帯を調査することにした。


十月の終わり頃。遠征調査が始まった。皆健康で、あれから感染症にかかる者も現れなかった。博がやけに嬉しそうなのを除いて。
南極の海岸(地上からは見分けられないが)を二週間移動した。目的の山脈に差し掛かかろうとした頃、大きめの岩陰に小さな拠点が現れた。ここからは徒歩で山へと向かった。僕らが二千メートル代の山が連なる山脈を縫って進み、クレバス地帯へと達した頃、あの山が全貌を見せた。標高四千九百メートル。その包み込むようななだらかな頂に僕らは引き寄せられているように感じた。
「装備万全。資金潤沢。怖れるべしは心の弱さ。」博は高らかに声を上げながら皆を引っ張って進んだ。(できれば背中を押して欲しかった。)
一行がクレバス地帯へ向かって麓の起伏のある低地を歩いていたとき、突然強い吹雪が襲いかかってきた。しばらく歩いていると、前方に大きな氷の壁が現れた。吹雪は横から吹きつけてきて、壁は風除けにはならなかった。その壁と地面が交差するところに、黒い点がいくつもあるのを先頭の隊長が見つけた。隊長は博にそれが何であるか意見を求めた。
「ここは海に近いですから。ペンギンでしょう。」
博が応えた。
「そうか。じゃあもうすこし近づいてみよう。…おーい!進路変更!このまま直進!」
後続に指示を出して前を向きなおした隊長は博の顔が青ざめるのを見た。


壁のそばまでくると、風はいくらかマシになった。替わりに生き物の死骸から出る臭いがかすかにしていた。
隊長が見つけた黒い点たちは、予想通りペンギンであった。しかし、そこに生きているものはいなかった。須らく地に伏し息絶えていた。
「待って!」
皆より少し前に出て死骸の一つに触れようとした尽誠に博の後ろから安生さんが叫んだ。
「あれを見ろ。」
博がいつになく低い声で壁をゆっくり指した。黒っぽい壁からはペンギンと思われるミイラがはみ出していた。
「考えられる最悪の状況は…こいつがアーキムを持っていた。」
(アーキムとは氷や岩石に閉ざされるなどした微生物や細菌のことだそうだ。ここでは病原体のことを指すのだろう。)
ミイラに近づいた博は手袋にカバーをしてその腕を取り外し、カマム(黒い密閉袋)にしまった。袋を肩にかけて立ち上がった時、博は気づいた。
「その壁は氷じゃない!」
一番後ろから蓋星が叫んだ。
確かにミイラは氷に覆われていた。しかし壁の表面うち氷が占める割合はごく僅かなものだった。。近づくときも黒っぽいとは思っていたが、その時は気になる程でもなかった。 それは大きな生き物の死骸だった。形からして古代のクジラか何かだろう。きっと死臭はその壁から発せられていたのだ。ペンギン達の死体は腐っていなかった。ミイラがあった場所は、胃袋であるようだった。壁の中をよく見ると、他にもたくさんのミイラや小魚が見えた。
「きっと何らかの動きが地下であって、断層ができる要領でこの壁はせり上がったんだろう。その時にこの鯨の亡骸は真っ二つ。天然のディスプレイの出来上がりってわけだ。縦向きの理由はわからん。」
博は興奮気味に自分の見解を述べた。
「これはいい研究資料になるぞ。大発見だよ。」
隊長はそう言って基地に連絡を取った。(さすがネットワーク企業)
「すごい。なんて大きさだ。この中には古代の世界が、歴史が切り取られているのか」
渉が声を漏らした。
「これ。思い出さないか?霧酉物語の白永鯨と白い怪鳥。」
僕は渉の肩に手を乗せながら言った。
「全身の殆どが透けた鯨が街を潰してまわるあの意味わからんお話のことか。即席の作り話だろ?父さんのことだぞ。」(俺は好きなんだがな)
「いや、そうともわからんよ。その話では、鯨の死んだところに怪鳥の住む洞窟への入り口があるはずだ。…ほら見ろ、あったじゃないか。」
僕はとても嬉しくなった。(一度洞窟探検したかった。)鯨のお陰で入り口が雪を被らずに済んだいた。少し雪を掻き分けるとそれがかなりの大きさであることがわかった。
「おい透。わかった。手伝ってやるから少し落ち着け。」
そう言う渉の顔にも笑顔が張り付いていた。
そこで後ろからぶっきらぼうな声が飛んできた。
「あーあー。透と渉はまた二人の世界に入ってるし、博は色恋沙汰に走ってるし。また俺だけ置いてけぼりですか。」
振り返ると、博と安生さんがペンギン達と壁の間でくっついていて、隊長はちょうど連絡を終えて蓋星の方を向いていた。(渉は隣で雪を掻き分け続け、尽誠は少し離れたところで吾妻のチョコレートを食べ始めていた)
すると隊長が蓋星に駆け寄り、肩をつかんで言った。
「だよな。置いてけぼりは辛いよなぁ。俺も昔吹雪の中置いてけぼりにされてなぁ。あたりは真っ白。寒くて、なんも見えなくて。」
いつの間にか尽誠も二人のそばに寄り添って、蓋星の口にチョコを押し込んでいた。
「そしてクレバスに落っこちた。そしてそこにいた白っぽい大きめのペンギンの雛にここをやられた。」
時々隊長は顎を摩りながら隊長は声をかけ続けた。
「ウーさん…。そんなことが。でもクレバスに落ちたのによくそれだけで済みましたね。何よりどうやって抜け出したんです?」
口の中のチョコレートを噛み砕きながら蓋星が言った。
「なぜだか幸い雪がいい感じに積もっててな。それと底が洞窟に続いていたんだ。」
「ほら見ろ蓋星。渉が洞窟を掘り返してやがる。あそこを調査ついでに休憩しよう。」
「そうだな。尽誠、チョコありがとう。お礼にバナナやるよ。」
黒い壁の前にどこか生温かい空気が漂っていた。


洞窟の中は風がないので暖かかった。両側の氷の壁は少し進むと土の壁に変わった。地面の雪も氷が混じった大粒の砂利へと変わった。
「足元に気を付けろよ。」
隊長がら灯りをつけながら言った瞬間、岩に躓いた安生さんが悲鳴をあげながら博の方へと突っ込むのが見えた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
二人の悲鳴は洞窟の中を大きくなったり小さくなったり、畝りを伴って響いた。
かなりの時間を音は響き続けた。それは不気味だったが、どこか幻想的であった。
音が止んだあたりで、渉が叫んだ。
「Tekeli-li!Tekeli-li!」
僕は尻もちをついた。心臓が止まりそうになって、膝はガクガク震えた。
「それは、反則。」
尽誠が追い抜きながら渉の顔を覗いて跳ね退いた。
洞窟は少しずつ狭くなり、完全に暗くなるところで先が分かれ道になっていた。
「よし。ちょっと休むか。」
隊長は一旦皆を灯りを必要としない入り口に集めた。

「あー!壊れてる。」
安生さんが博の腕時計を指差していった。
「俺のギーブックの時計が!そんな。」
「帰ったら俺のニバンの時計あげようか?」
渉は去年の誕生日に父さんから高級時計をもらっていた。
「超耐性時計か!いいのか?子供。三歳になるんだっけ?その子にあげないのか?」
「ああ。女の子にはもっと小さいのがいいだろう。」
「女の子なんだ。名前は?」
「織。織物の織。」
「へぇ。なるほどね。…そういえばこっちに来てる間みんなのことあんまり聞いてなかったな。この遠征が終わったら、基地で聞かせてくれよ。」
(訓練期間は他愛もない話を駄弁り尽くしていた。)
「それ死亡フラグ。」
僕はすかさずツッこんだ。
笑いが上がった。
「ここじゃ洒落にもならんがな。」
隊長も笑いながら言った。
洞窟が笑い声を混じり合わせて響かせていた。



お客さんです。
今日はここまで。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜<人物紹介>六月の探検隊❸

(Izuno Hiroshi) 男
一人称:俺
年齢:24歳(南極探索時)
誕生日:5月12日
身長:165cm 体重:51kg
視力:右1.0 左1.2
血液型:B
イメージカラー:桃色
座右の銘:蜘蛛の組紐
大学:羽里大学(機械工学部)
職業:企業研究員(南極探索派遣員)
特技:土地勘
趣味:山歩き
好きな動物:鳥

猿和園(3)白き地の果てより 2話

この星の果てにて



あの緑若き山と燃えるような星空に捧げる

これは記録です。全てを自分の口から語るのは、当分つらくてできないだろうから、ここに全てを記録しておきます。日記をつなぎ合わせたものだから、読みにくかったらごめんなさい。 水無月



この星の果てにて


──新暦2014年5月4日
南極の端に佇む「民間」基地へと四人の青年を乗せた砕氷船が辿り着いた。その白き地に降り立った四人を基地からやってきたもう一人の青年が迎えた。
「やあ博!久しぶり!」
僕は白い息を靡かせながら、博の元へと駆け寄った。
「よし。六月の探検隊、全員揃ったな。」
博は僕と肩を組みながら、残りの三人の方を見た。
「高校以来か、全員揃うのは。」
尽誠は白い息をふうと吐き、遠くの山を眺めながら呟いた。
「ああ。大学でも一同に揃うことはなかったからなあ。」
その日は快晴だった。
「星たちが窮屈そうに海にまで溢れかえってやがる。」
蓋星が呟いた。
「よ!蓋星っち。お宅は相変わらず星が好きだね。」
「なあ博、カノープスはどれだ?次期南極星が見たい。」
「あれだよ。…君は五年早く来ちまったんだ。」
他愛もない話を続けながら、僕たちは基地へと進んだ。僕らはどこからともなく笑いが溢れてくるのを感じていた。皆、この先の期待と不安で笑わずにはいられなかった。何人かが笑いすぎて咳き込んだ。


「さあどうぞ。ここが俺の研究室だ。」
博は四人を基地内の一つの建物に案内した。外見は白いコンテナ状で、単純質素なものだったが、内部の見た目は窓がないことを除けば地方のマンションとさほど変わらなかった。
全員が建物に入ると、博は部屋を一つ一つ説明して周った。
「ここが俺の部屋。研究室も兼ねる。」
四畳ほどの部屋は、奥がガラス張りになっており、その向こうには実験器具が所狭しと並べられていた。
「隣の二部屋が君達の寝室。二人ずつに別れて使ってくれ。」
寝室もそれぞれ広さは四畳ほどで、床はフローリング。入口の側には机と椅子が備え付けてある。部屋の隅には畳まれた敷布団が重なっていた。
「んで次が風呂場とトイレ。お湯は貴重だからシャワーのみでよろしく。」
風呂場は狭いものの、見た目はかなり良く、銭湯が個室化されたかのような雰囲気だった。
「そしてキッチン。基地の中央施設にはレストランもあるけど、自分達でやった方がいいでしょ。…魚は尽誠っち頼むわ。」
支給される食材は企業が輸送してくるため、長期保存可能なものばかりであった。そのため、現地で新鮮な食材を確保する手段は、釣りのみであった。(南極の海にも魚は多く生息していた。)
「南極の魚はデカいのが多いな。博、出刃包丁はあるか?」
尽誠が食料庫を覗きながら言った。
「あるよ。ステンレス製165ミリと210ミリ。」
「わかった。任せろ。」
拍手が起こった。ここにきて尽誠の魚料理が食べれるとは思ってもみなかった。
リビングに戻った。
「最後に、この公衆電話から連絡ができる。それとインターネット設定を済ませといてくれ。」
博は四人に識別番号とパスワードが印刷された紙を配った。
「今日から半年、みんなの拠点はここになる。この世界一過酷な大陸で最も楽園に近い場所だ。」
「違いねぇや。」
「それじゃ。今日はもう遅いから、明日からの訓練に向けてゆっくり休んでくれ。ほら蓋星っちが立ったまま寝そう。」


僕らの目的は「VM基地を見つけだし政府の裏側を暴くこと(なんならそこから情報を引きだすこと)」。
そして「南極を知り尽くし、制覇すること」もいつしかそこに加わっていた。


ここで一度筆を置きます。楽しい思い出は楽しい思い出のままに。切り取っておきたいのです。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜<人物紹介>六月の探検隊❷

(Uetsuchi) 男
一人称:僕
年齢:24歳(南極探索時)
誕生日:7月21日
身長:166cm 体重:55kg
視力:右1.2 左1.0
血液型:A
イメージカラー:橙色
座右の銘:日に進み月に歩む
大学:羽里大学
職業:大学生(脳科学部)
特技:機械修理 プログラミング
趣味:機械いじり
好きな盤上遊戯:将棋

猿和園(3)白き地の果てより 1話

六月の探検隊



11月3日。今日は事務所に全員が揃う日となった。リビングの扉が開かれ、水無月が入ってきた。
「お疲れ様です。水無月先輩。鞄を。」
すかさず崎元が荷物を受け取った。
「ありがとう怜也。昨日は猿和園に行ってくれてありがとう。うん。引き続き梁平と一緒に調査を続けてくれ。…なんなら見つけてくれたって構わないよ。」
「ごきげんだねぇ透。なんだい。ソウトウさんとこ行ってたんだろう?」
「あぁ竜崎さん。そうですよ。義父さんのところに行ってきました。渉とは別の、例の件でね。」
火野宮が怪訝な顔をしながら聞いた。
「あの。ソウトウさんって?」
「ん?そうか。梁平くん達には話したことなかったな。僕の育ての親なんだけど、仕事柄そう呼ばれてるんだ。総合の総に、棟梁の棟。今僕がやってるやばーい案件の協力依頼ってとこさ。」「ま、そんなことより。まずはみんな座ってくれよ。」

この探偵事務所は六十坪の一軒家であり、多人数での会議などはリビングで行っている。
リビングには六つのアンティークなアームチェアが並んで、真ん中の縦長のマホガニー製のテーブルを囲んでいる。テーブルの上には人数分の紅茶と二つの黒い椅子の模型そしてテレビのリモコンが置かれていた。
「えーそれでは。私立水無月探偵事務所の初めての全体反省会を行います。」
「カタイカタイ。透っち。もっと楽にいこうや。今日は特別な日やからな。」
「博…。そうだな。では、一人一人半年間の反省を言ってもらいます。じゃあ年齢順ってことで。最年長38歳!竜崎一城氏。お願いします。」
水無月の左手前に座っていた男が、立ち上がった。男の真っ黒な髪は所々飛び跳ねていた。
「うーす。」立ち上がりながら喋り出した。
彼はここにいる人物の中では最も背が高く、崎元よりも4cm高い。
「料理してるとこしか見てないと思うが、実はG3担当です。反省はこの半年近く、"鬼"の足取りが全く掴めなかったことだな。つい最近手がかりみっけたからこれから頑張るわ。」
言い終わると男はゆっくりと座った。
「はいみんな拍手。でも奴らが静かなのはいいことですよ。一昨日もらった報告。やっぱりホントみたいです。これから忙しいですね。」
「あぁそうだな。」
「じゃあ次は、誕生日が早い伊津野博くん。」
「ほいっ。」
水無月の右手前の男が跳ねるように立ち上がった。身長は火野宮と同じ165cmである。ただ、伊津野の髪の毛は火野宮とは対照的に真っ直ぐである。
「29歳伊津野博。えー情報担当です。昔南極調査隊にも機械技師として所属してました。民間のだけどね。反省は、昨日から腕時計を無くしていることです。南極帰りに渉っちからもらった大事な超耐久時計…。ニバンの時計…。」
言い終わると伊津野は力なくストンと椅子に落ちた。誰も腕につけたままの時計にツッコミを入れることはなかった。抜けているのか、ボケなのか、反省が無かったのかはわからない。
「反省はこの半年のまとめがいいな。それといつの間にか自己紹介も兼ねてるね。全員揃うことなんてそうそうないし、まあいいか。じゃあ僕の番だね。」
「僕の反省は、まだ渉を見つけられていないこと。早く渉もここの椅子に座らせてやりたいよ。」
水無月は自分の向かいの空席を指差しなかまらいった。
「早く今の案件終わらせないとね。渉の依頼は年内に探してくれ。だったし。」
「じゃ、次は怜也。」
「はい。反省は、同じく渉さんを未だ見つけられて無いこと。ですね。それと、火野宮を、コイツをもっとうまく扱えるようになることです。」
「なぁにぃ?」
「おい座れよ梁平。おまえの番はもう次なんだからそれくらい待てよ。」
立ち上がろうとした火野宮を竜崎が止めた。
「はは、頑張ろうな。はい次梁平。」
「きーっ。」
相変わらずのくしゃくしゃな髪の毛を震わせながら、火野宮が立ち上がった。
「反省は、自分の案件を持てなかったことです。いつも怜也のお供ばかりで。それも一般依頼の。もっと先輩たちみたいになれるよう頑張ります。」
「なんだい。意外とまともじゃないか。」
笑いながら言う竜崎を横目で睨みながら火野宮は座った。

「よし。じゃあ各々仕事に取り掛かってくれ。」
「っと梁平と怜也は残ってくれ。ちょっと昔話をしよう。」
火野宮の顔が明るくなるのを見て崎元は思わず笑みがこぼれた。


「なんだ透っち。南極の話かい。」
「そうだ博。一緒にどうだ?」
「悪いけどパス。また夢にでてくるのはごめんだ。」
「そうか。じゃ、竜崎さんを手伝ってくれ。」
「了解リーダー。」
伊津野は水無月と一度も顔を合わさずに竜崎を追って階段を登った。
「昔話ってなんなんですか?」
珍しく火野宮が"人の物話"に興味津々な様子だった。
「そうだね…。この事務所を立ち上げた理由は教えたよね。表向きは警察が扱いづらい案件を引き受けて、本命はG3や政府の実態を暴く。ひいては世界の真実を知る。」
「で、初っ端から行方不明の仲間探しと。」
「ゔ。ま、まぁ。それはそうだな。うむ。」
水無月先輩。気にせず。続けてください。」
「ああ。怜也ありがとう。…実は、この探偵事務所を立ち上げるより前にも、同じ目的で仲間を集めたことがあるんだ。」
水無月はテーブルの上の模型をつまみ上げた。
「メンバーは僕と渉と博を含めて五人。みんな羽里高校。君らと同じだね。…まず僕らは、南極へ赴いた。博が勤めてた基地に集まった。…言ってなかったね、一万二千年前のオーパーツ。あれ見つけたのは俺たちなのさ。でなけりゃ隠蔽ものだね。」
崎元は思わず声を上げた。
「えっ。あれが…すごい。」
「怜也ずっと気にしてたもんなソレ。それで、そんな話をなんで今になって。」
「これは僕らにとっていい思い出じゃない。むしろトラウマものなんだ。五年前。南極の調査。初めての活動だった。」
水無月は持っていた椅子の模型をテーブルの上に落とした。
「僕らは甘かった。奴がG3に比べたら大したことないなんてよく考えられたものだ。僕はその両者の足元にも及ばなかったのに…。」
そう言うと水無月は立ち上がり、リビングの隅の棚の方へ歩いていった。
「君達には知っておいて欲しい。五年前の今日。あの白き地で起きた悲劇を。」
振り返った水無月の両手には、それぞれ拳ほどの機械が握られていた。水無月は小さく頷きながら、そのうちの一つを二人の前に置いた。
「こいつが全ての始まりだった。これは高校の授業で作ったラジオを渉が改造した受信機。たまたま合わせた周波数がある信号を拾っんだ。」
水無月上着から乾電池を取り出し、その機械にはめ込んだ。
「なんでこんなものが拾えたのかわからない。今はもうわかんないけど。ま、こいつが初めての活動を南極に定めた理由さ。」
水無月が装置のボタンを押すと、単調な女性の機械音声が流れ始めた。
「…てより。繰り返す。国家遠征隊は南極VM基地に無事到達。ツクシ様へ白き地の果てより。」
水無月は再びボタンを押した。
VM基地。そんな基地は南極には存在しなかった。南極でVMといえば最高峰ヴィソン•マシフの頭文字だ。国の機密事項なのだろう。そう考えた。結成してすぐに大きなものを掴んむことができて、僕たちは有頂天になっていた。…そして、決行に映ったのが五年前だ。」
水無月は懐から傷んだ灰色のノートを取り出して喋り始めた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜<人物紹介> 六月の探検隊❶

(Minazuki Toru) 男
一人称:僕
年齢:24歳(南極探索時)
誕生日:6月16日
身長:172cm 体重:51kg
視力:右1.5 左1.2
血液型:A
イメージカラー:水色
座右の銘:時は金なり
大学:羽里大学
職業:大学生(社会学部)
特技:忍び歩き 追跡 ピッキング
趣味:散歩 読書
好きな本:『狂気の山脈にて』(H•P•ラヴクラフト)

猿和園(2)夢の港町 後編

出航エクスポート

白い光が収まり、あたりにはまたあの港町・・が広がっていた。
といっても海はなく、人もいないが。
「さて、と。」
火野宮はまず手始めに、両手を前に突き出し例の画面を表示した。
そこには五つの項目がそれぞれお知らせ、連絡先、記録、ログアウト、設定とならんでいた。しかし、"ログアウト"と"お知らせ"以外は薄暗くなっている。そしてやはり"お知らせ"には文字がスライドされており、「サービスは終了しました。」と表示されていた。
「上土居さんは開発しようとしたんだろ。どういうことだ。」
"お知らせ"に手をかざすと、枠が拡大され文章が表示された。
「Conscience internetはローカル線における連絡を除く全サービスを2763年を持って終了しました。」
火野宮は首を傾げた。
「今日は2019年11月2日だろ。うん。…いやいや、あの上土居さんがこんなミスをするはずがないし。どういうことだ。」
普段は年など気にも留めない火野宮も、今年は元号が変わった年であったため即座に思い出した。
「これはわからんな。」
火野宮は一人で解き明かせないと考えて、とりあえずの探索をすることにした。


火野宮は広場から正面にのびる道へと入り、左手に見えた20世紀前半を思わせる煉瓦模様の建物へ進んだ。その建物を正面から見て火野宮は確信した。同じ建物を見たことがある。守司のレトロ街にある鉄道記念館と酷似しているのだ。門の前には低い段差が三段あり、黒樺の掲示板がある。建物の扉へと手を伸ばすと、例の画面と同じ枠と文字が表示された。
「サービスは終了しました。」
その後も建物を手当たり次第に見てまわったが、どれも反応しないか先ほどと同じ画面が表示されるだけだった。
時計塔を見るに三十分ほどすぎただろうか。火野宮は通りの突き当たりにたどり着いた。
そこは広い境内の神社のようで、入り口から少し先に大きな本殿が見えた。鳥居をくぐろうとすると、そこでも"サービスは終了しました"との文字が表示された。
「どこも入れやしないのか。」
誰もいないとわかっているが、声に出さずにはいられなかった。
仕方なく入り口から本殿を眺めてみると、これも見覚えがあった。日隠神社だ。現実のものはここより境内は小さく、本殿も半分ほどであるのだが。小さな丘の上に立っているため、他の神社とも比べて小さいが、地域に強く根付いており、今も初代から神主の一族が途切れず続いている。
火野宮は神社を観察していたが、何もないのでどうしようもなくなった。そして思い出したことがあった。
「探索機にについてなんも聞いてない。」
そもそもなぜ探索用の装置にこのような機能がついているのか理解不能だ。
「戻ろ。」
火野宮が手を正面に突き出し、画面を表示させようとした時だった。火野宮の肩に手が置かれる感覚があった。火野宮は素早く振り向きながら飛び退いた。思えばこの世界で物理的な干渉がなかったことに火野宮は気がついた。いくら歩いても微塵も疲れず、重力こそ感じられるものの飛ぼうと思えば飛べるのではないかと思ってしまうくらい身体的に束縛を感じていなかった。
「誰だ。」
振り返りながら火野宮が言った。手を置いた人物は火野宮より年上に見え、フードを被った黒いパーカーを着ており、ズボンは深緑色。ポケットに突っ込んだ両手を挙げて広げながら言った。
「君は誰?上土居くんの居場所知ってるなら教えてよ。それとも敵かな?なら気をつけることだね。僕はいつでも君を消せるよ。」

火野宮は少し間をおいて、自分も上土居渉を探していること、ここへは彼の家にあった装置を触っていたら来たことを伝えた。名前は木戸 守と偽った。
「へぇ、そう。君は上土居くんの知り合いだったんだね。」
フードを脱ぎ金色に染まった髪が現れた。火野宮は気がついた。
「黒い枠。」
「ん。あぁ。ここでは知らない人には黒枠が表示されるんだよ。あと匿名に設定してる人とかはね。」
「僕は古木廻。彼と同じ研究室にいたんだ。彼は僕が他所の研究施設から派遣されたことを見抜いてたみたい。でも安心して。僕達の目的は技術の向上。別に何も盗もうとはしてないよ。正式に共同研究の手続きをしてたとこだったからね。まさかいなくなるとは思わなかった。おじゃんだ。」
「ごめんなさい、疑ってしまいました。実は…」
「あははは!」
火野宮は言いかけたのを遮られた。
「そうかそうだね!あはは。でもこっちもすっごい警戒してたよ。いきなり殴られたらどうしよーってね。」
「いや普通に声かけてくださいよ。思わず飛び退きましたけど僕が探偵じゃなかったら殴ってましたよ。」
しまった。と火野宮は大いに後悔した。またやらかした。崎元に自分が探偵であることは極力隠すようにいつもきつく言われているがどうしても直らない。
「探偵さん。なるほどそれで。それは心強い。あ、上土居くんとは親戚とか?」
「いえ、違いますよ。先輩の友達なんです。」
「そうかい。」
古木が一層大きく笑顔を作った。
「ところでお兄さん。親戚にこんな珍しい苗字の人がいない?神白木とか水無月とか日鉱山とか…はたまた火野宮とか。」
まずい。と思った。いつでも逃げられるよう例の画面は表示したまま話していた。しかし、相手は意識科学に精通している。何をされるかわからないため、今は動けなかった。なんとか話をつないで崎元を待つことにした。



一方の崎元は、事務所からプライベートネットで水無月に連絡を取った。
「どうした。」
水無月さん。上土居さんの研究室員にGス…」
「あぁ。わかってる。だが今回はもう手を引いてる。残念だが諦めるしかない。それより今は渉を見つける方が先だ。あと少しで今の用が済むから、それまで頑張ってくれ。」
「わかりました。居場所の目星は粗方つきそうですので、今日中にまとめておきます。」
「そうか!それは助かる。」
「では、失礼します。」
G3の心配をしなくていい。だが、崎元は胸騒ぎがした。寮から事務所まで早歩きで15分かかっていた。早く戻ろう。そう思った。
「おい。」
玄関で呼び止められた。靴を履きながら振り返ると、今起きたのだろう。髪をまるで火野宮のように逆立てた大柄の男が立っていた。竜崎一城。彼もこの事務所に所属する探偵である。年は三十八の自称ベテラン探偵は眠そうな顔で言った。
「お前が抱えてた仕事。意識科学だっけか?前に水無月とコンビ組んでたときに上土居と話したことがあるんだが、意識のネット?あれはあいつが作ったモンじゃないらしいぞ。古木ってやつが最初に入る方法を見つけたとか…上土居が昔夢で見た景色にそっくりなんだとよ。小さい頃はよく守司のレトロに行ってたみたいだからな。似てんだろ?その街。」
胸騒ぎが確かな不安になった。古木が上土居さんの夢を再現したのかはわからないが、彼が支配権を持っているのは確かだ。
「ありがとうございます!」
崎元は礼をして玄関から飛び出した。
「頑張れよぉ!」


崎元が寮に戻ってくると、休日のお昼寝と読書の時間なのだろう。生徒たちは見えず、静まりかえっていた。寮長室に飛び込むと、コーヒーカップを片手に読書をする寮長と、部屋の隅の長椅子に横たわり顔をしかめた火野宮がめに入った。
「早かったな。」
崎元は小さな会釈をしただけですぐに装置のボタンを押した。
光に包まれ、崎元は港町・・へと落ちた。寮長室にゴンと鈍い
音が響き、再び静寂が訪れた。


崎元は再び広場にやってきた。周りにはただ無機質な空間だけが広がっている。正面の通りの先に赤い点が見えた。そしてその隣に黒い点を見て、崎元は駆け出した。
どうやら現実と感覚が違う。なかなか早く走れない。それでも崎元は全力で走った。
やっとたどり着いた。不思議と息は切れていない。
「大丈夫か。この人は?」
「木戸くん?この人は誰?」
木戸。それは火野宮が昔から偽名に使っていた。崎元は即座に察した。
「あぁ。こいつは向井索。俺と同じ探偵で、まあ同僚さ。」
「おい。探偵ってのは極力言うなとあれほど。」
崎元は不信感を与えないよう軽く言った。
「大丈夫だよ。この人は古木廻さん。上土居さんの研究室に所属してた人だよ。」
火野宮は古木に向けた手を裏返しながら言った。これは崎元への"怪しいぞ"信号であった。
「どうも。向井です。」
「どうも。あ、そうそうちょうど今彼に聞いてたんだけどね?君にも教えて欲しいな。」
「君は上土居くんの親戚?」
「いえ、違います。」
再び古木が大きな笑顔を作った。
「じゃあ。親戚に水無月とか、日鉱山とか、神白木とか、火野宮みたいな苗字の人はいないかな?」
「いませんけど…。」
「そっか。…ふーん。木戸くんは?」
「僕にもいませんよ。」
「…」
古木が黙り込んだので、二人はまずいと思った。
「あの。僕達、なにか手がかりはないかって考えて。ここへ。探しに来たんです。」
「でも何にもないみたいで、どうしたらいいかなって。思ってるんですけど。古木さん。なんでもいいので教えてくれませんか。」
二人がやや早口に言うと、古木は、
「はぁ。」と一つため息をついた。
「君たちは今すぐログアウトして。あと道具はちゃんと取り扱いに注意すること。僕もね身の危険を感じてるから、当分は遠くに隠れとくことにするよ。」
「はい?」
「ささ、はやく。」
二人にはよくわからなかったが、とりあえずここから脱せることを心の内で喜んだ。

二人は再び白い光が包まれた。
小さく聞き取れなかったが、古木が何かを呟くのが聞こえた。


「どういうことだ。保てるのは一親等の血族のみじゃないのか。それとも別…いや、そんなはずは…」



起き上がった火野宮には床に倒れた崎元が。崎元には白い天井が見えていた。
「すまんな崎元くん。長椅子はもう占有されとったもんでね。」
火野宮を見ながら寮長が言った。
「うぁ…いえ、お構いなく。」
火野宮は寮長の机の前まで跳ね、机に手をつきながら言った。
「探索機の説明書!」
「ん?…あ。」
崎元も気がついた。
「おぉう。すまんすまん。」
二人は目つきがやや悪くなった。寮長は慌てて机の上を片付け始めた。
「梁平。古木って人。あの人があの港町・・を作ったらしい。まさか接触するとは。」
「ああ。怜也がきてくれて助かった。特に精神面で。」
「だろうな。あんな味気ない空間。急いだ甲斐があった。」
「あ、でも古木さんが作ったってのは本当か?サービスの終了は2763年って書いてあったぞ。こんなミスあるか?」
「ほう。たしかに正しくは彼は入る方法を見つけたって言ってたな。もしかすると暗号とかかもしれない。覚えておこう。」
「それと。あれ日隠神社だったぞ。倍サイズのな。」
「ん?なんのこと?」
「古木さんと喋ってたとこの奥だよ。道の突き当たりにあったのがあんな大きな神社とはな。」
「そんなところがあったのか。日隠神社…。古木さんについては謎も多いから味方とは言い切れないけど、手を引くようだったからそれほど心配する必要はなさそうだな。手を引くと言えばそうだ。G3もだそうだ。」
「なるほど。つまり残るは日隠神社と元警察か…。」
「だがその前に、二人とも今日のことを整理した方がいい。未知のものにたくさん触れただろう。見落としがたくさんあるはずだ。」
寮長が書類の山を片付け終わっていた。
「ほれ。これだ。」
説明書はA4サイズの白紙に印刷されていた。

05:意識波探索機
この装置は、もしも私が失踪してしまった時のために存在する。
私を探す以外の機能としては、この地域にのみ溢れる特定の周波数に自分の意識波を合わせることで夢の港町ドリームポートへログインすることが可能である。
・警告
この特定の周波数は南北羽里市でしか確認できなかった。それ以外の地域で試してみたが、被験者は昏睡状態に陥り回復しなかった。(詳細はMemo05-3を参照)
・使用方法
人間が側面の小さなボタンを押すと夢の港町ドリームポートへログインできる。
・追記
私の意識波はこの特定の周波数にかなり近いようで、幼い頃から夢の中で迷い込んでいた。実験05-Bで古木が発見した周波数の調整方法を実用化までこぎつけることができた。

説明者の最下部分に、雑な手書きでメモがしてあった。

・六月の探偵たちが私を市内で見つけられず、年が明けたなら、GWTの奴らに頼み込んでくれ。どんな手を使ってでもここは乗り越えなくてはならないのだ。

こちらの字は上土居本人のものだった。


猿和園(2)夢の港町 中編

夢の港町ドリームポート

二人は異質すぎるこの状況を飲み込むことができず、次の行動を思いつけないでいた。風も匂いもない無機質な空間。そこに並ぶあまりに現実めいた風景。そして目の前に浮かぶ文字。これが普段の探索なら、きっと二人は文字に手を伸ばし、嬉々として歩き廻り、探検し尽そうとするだろう。がしかし、状況が状況である。二人は向かい合ったまま一歩も動かず、ただ目の前に浮かぶ「なんだ、ここ」を呆然と見つめていた。
しばらくすると文字は前触れもなくスッと消えた。ハッと二人の体は軽くなった。と、同時に何とかせねばという意思が湧いてきた。…一人では何も思い浮かばない。ならあいつは。
いつも、いつからか、二人は行き詰まった時はこう言って振り返る。
青年二人は、同時に相方の顔を伺おうと視線を合わせた。「大丈夫」「思い出せ」そしてため息混じりに呟いた。
「「最後に何をやらかした。」」
一息ついた。崎元は落ち着いてあたりを見回す。やはり現実そのままに再現されている。
「なあ怜也。俺はどう見えてる。今気づいたけどお前なんか青っぽいぞ。」
「あぁ本当だ。赤い枠がでてる。…イメージカラーってことか。…ここがその夢の港町ドリームポートなら納得できる。」
昼を過ぎても寝癖のついた頭を抱えながら火野宮はハッとした。
「ボタンだ。あの探索機…。」
「だろうな。なら、出る方法もあるだろう。さ、手分けして探そう。」
火野宮は崎元の途切れ口調が戻ってきたことを確認し、自分も一安心できた。
「そうだな。…はへぇこれどうなってるんだろ。」
火野宮は前へ伸ばした手をパタパタさせながら答えた。
「それに実体はないだろ。」
「あぁそっか。ん?なんだこれ。なんか画面が出たぞ。」
崎元も同じように前に腕を伸ばしてみると、同じ画面が表示された。
「メニュー画面?…あ、ログアウトってある。」
「おお。案外早く見つかってよかった。本体は眠るようになるっていってたからな。頭打ってないといいけど。」
「ホントだ。あれ。お知らせってところになんか出てる…」
火野宮はスライドされていく赤い文字を横目に追いかけながら言った。「は終了しました」
「まずは戻ろう。寮長に迷惑かける。探索は後でな。」
二人が画面をポンと押すと、ボタンを押したときと同じように目の前が明るく包まれた。


目を覚ますと、白い天井が見えた。直後、頭を激しい痛みが襲った。
「すまんな。説明書きを先に見せるべきだった。なにせ私も受け取っただけでさわってなくてな。」
顔にシワをつくりながら寮長が苦笑いしていた。
「やっぱりか。」
二人は口を揃えて呟いた。
「それで、上土居くんの居場所なんだが。事前に彼が目星をつけていた場所が複数ある。彼を探っていた政府の手先はどうやら公共の機関ではないらしい。いや。意識科学ってのは便利だね。彼は手先らの逆探査を使ったのさ。」
寮長は先の書物からメモを取り出した。二人は長椅子に腰掛ける。崎元は頭痛により俯いている。
「研究室の同僚に逆探索を行ったところ、こんな出自の人物が配属されていたんだと。それは驚くさ。上土居くんも早い段階で多岐にわたる応用法を隠して一つの研究に、意識の存在の証明に絞っておいてよかった。相手は政府の裏にいるヤツだ。そこまでバカじゃないだろうしな。」
火野宮がメモを受け取る。
「行方明和 32 警察署に出入り 警察関係者
多比栞理 28 警察署に出入り 警察関係者
古木 廻 30 県外 電話が多い 他所から偵察
権藤虎鉄 29 日隠神社在住 行方と接触が多い 警察関係者」
読み終えた火野宮がそのまま声を上げた。
「全部敵じゃねぇか。」
「ああ。そうさ。奴らは警察ではなく元警察を使いよった。」
「ん?研究員は五人のはずだけど。」
崎元が顔を上げた。
「おい。ちょっと見せて。」
メモの裏の小さな文字に気がついた崎元が火野宮から半ば強引に紙片を取り上げた。
「…嘘だろ。すぐに水無月さんに知らせないと。」
「佐藤快星 21 G…3…?」
「G3スリー水無月さんが追ってる裏社会の3トップの一角だ。そうだな、連絡は俺一人でいい。梁平。お前はこのまま夢の港町ドリームポートの調査を頼む。またここに戻ってくるから。」
「わかった。任せろ。」
「これは夕飯の準備が必要そうだな。」
「ありがとうございます。」
崎元は寮長に軽く会釈しながら、部屋を後にした。
「で、火野宮くん。君一人で大丈夫かね。」
「大丈夫ですよ。何かあればあいつが片付けますから。僕は探索。あいつは処理です。」
「じゃあ。頼んだぞ。」
「どんとこいです。」
今度は長椅子に横たわりながら、火野宮は再び夢の港町へと落ちた。


足早に街を歩く長身の青年は、数分前に上司から新たな報告をうけた。「渉は大学を辞めた後に自殺したことにされた。」添付された遺書の写真を読んで青年も確信した。それは嘘だ。もちろん遺書も偽装である。と。


意識科学は今まさに黎明期を迎えようとしている。従来の科学は物質を極限まで分解してきたが、人間の力にはやはり限界が存在した。素粒子の研究の進歩は停滞し先が見えなくなった。そんな時、新しく科学の最先端を担うことが期待される発見をした。それが"意識"である。意味的には魂と表現するとわかりやすいだろうか。この発見により、私は先行して様々な物事の真実を目の当たりにした。もうこの世界の真実を知ってしまった。この世界の存在理由、時間の流れる目的。それらを知った私にはもうなんの未練もないのだが、あまりにも予想だにしない事実に人類は取り乱すに違いない。最後の仕事に、後の世を生きる者たちのために警告文を残すことにする。全てが終わったら、自由になるつもりだ。
未来を見た者 上土居 渉


彼は娘からもらった筆ペンを気に入っており、筆先が傷んでいるにも関わらず、インクだけを取り替え使っている。が、遺書はどうやら本物の筆で書かれている。
崎元は確信した。上土居はメモに筆を使う変わり者で加えて字が汚い。と勘違いされたのだろう。と。

猿和園(2)夢の港町 前編

入港インポート

まだ朝霧の立ち込める山の草叢の中から長身の青年がゆっくりと立ち上がった。青年はそばの石段に花束を添えた。灯燭に灯した火は、夏の終わりに弟と見たシオツチの火を思い出させた。青年はその思い出から巡り巡って一年と二日前のことを思い出していた。その日は新人である青年とその親友である火野宮梁平が初めて二人だけで業務をこなし、案件を解決した日だった。この霊廟にはその一連の事件の最初の被害者である山元玲司が眠っている。青年は事件の一年前に少年と知り合っていた。
「こっちは崖になってて危ないぞ。」
少し離れたところに子供達と戯れる火野宮がいた。
「おい梁平。お前確かこの崖から滑り落ちたことあったよな。落ちた先は古い小屋の屋根の上。今の寮があるあたりか。」
「このあたりのクサムラは背が高いからな。足元に気をつけないと。でもこっからの眺めは最高なんだよなあ。」
猿和園の正門からは南羽里市が、この場所からは北羽里市が一望できた。
「ほらみてごらん。守司の港まで見える。」
青年には年の離れている、猿和園の三年生に弟がいる。そんな青年の目から見て、火野宮は子供の扱いが上手いように感じられた。
「あ、寮長きてる。」
火野宮が呟くと、子供達は騒ぎながら走り去っていった。


「どうも崎元くん。あれから一年だな。玲司も喜んでいるだろう。」
「こんにちは。寮長も相変わらず元気そうで。」
「僕もいまーす。」
「元気そうに見えるかい。」
寮長は笑いながら青年、崎元怜也に答える。
「僕もいますよ!」
無視された火野宮がぴょんぴょんと跳ねながら喚く。
「そんなに騒いでるとまた落ちるぞ。それより話とはなんだね。」
「ええ。行方不明になった上土居渉さんのことなんですけど。」
寮長の顔が明らかに強張った。
「単刀直入に聞きます。どこにいるんですか。」
寮長はゆっくりと目を閉じながら言った。
「私を訪ねたところまでは良かったが、その聞き方は間違ってるな。」
「これくらいの聞き方しないと言わないでしょうから。少しだけでも情報が欲しいんです。」
「大丈夫安心しろ。今回は隠し事無しだ。この案件は必ず行き詰まるとみんなわかっていた。それで…なるほど君は単独解決を諦めて火野宮に声をかけたと。そりゃそうさ。今回はあんたらの上も抑えられてる。」
「警察がですか。やはり政府が関わってるのは間違いないですね。」
「政府ねぇ…この問題は重すぎる。一人二人の人間にはどうにもならんよ。だから君達がいるんだ。ところで水無月くんはどうしてるんだい。上土居の親友だったことは聞いているだろう。彼は何をしている。」
水無月さんはずっと前からある案件の調査をしてます。この案件よりはやばい奴とだけ言っていました。」
「でよー怜也。なんで寮長から情報が得られると思ったんだよ。今回の案件になんの関係があるんだ?」
不貞腐れていた火野宮が雑草をいじりながら聞いてきた。
水無月くんが崎元くんに私に会いに来るように言ったのさ。こうなることがわかっていたからね。事前に手を打てるようにしておこうとね。まあ…こんなところで話すのもなんだし寮で話そう。昼食も食べていくといい。」
「ありがとうございます。」
三人は背丈の高い草叢を大股で越えながら、正門の方へと歩き始めた。
「こんなところとか言ったら玲司怒りますよ。ここアイツのお気に入りの場所でしたし。」
「怜也は真面目だなぁ。」
彼のもうひとつのお気に入りの場所であった旧校舎は、昨日の夜に最終確認の作業員が入り本格的な取り壊しが始まっていた。
「本当。ありがとうな二人とも。」
寮長は遠くを眺めながら呟いた。


子供達の波をかき分けて、寮長室に入った。書斎机には大量の書類が山積みになっており、新種の白蟻の発見を知らせる朝刊が無造作に開かれていた。昆虫好きな火野宮はすぐに飛びついた。寮長は棚の奥の古い書物を漁りながら言った。
「上土居くんはね。知りすぎてしまったんだ。意識科学って言うのかね?あれは、人の意識も操れるんだ。上の奴らにとってそれは危険すぎるんだよ。それに一歩間違えると神の領域に踏み込んじまう。」
寮長は表情を変えずにただ淡々と喋った。
「確か例の事件の犯行に使われたものも意識科学の産物だって言ってたな。神の領域ってことは人工的な意識を作っちゃうとか?…所謂、エーアイシャカイなんてのができる?確かになんか怖いな。」
「そうさ。火野宮くん。でもね。それだけじゃないんだ。神の領域ってのはね、意識の創造もそうだが、あれは証明してしまうんだよ。…"たましい"をね。」
火野宮には一瞬あたりの全てが静まり返ったように感じられた。
「え…。」
火野宮は寮長の方を見つめたまま硬直した。
嘘みたいな真実を単調な口調で叩きつけられたことで呆気にとられてしまった。そのまましばらく何も言葉が出ないでいた。
「それはつまり〜?幽霊…あわわ…」
なんとか調子を取り戻そうとしたが、頭の整理がつかずドンッと机に突っ伏した。
「え、なんで?崎元お前いつから知ってる。」
ハッと火野宮が頭を上げた。ふぅ。と一息ついて、怜也は話し始めた。
「もう何年も前。水無月さんに誘われたときくらいかな。内密に、渉さんが行方不明になるかも知れないって聞かされた。意識科学についてはその時に渉さんと寮長二人の口から聞いた。トップシークレットだよ。」
「…そうか。タマシイ…か。はは。まだ信じらんないな。…じゃあやっぱりこんなところとか言ったから玲司怒ってるかも。」
「かもしれんな。まぁ"アイツの意識"がもう残ってるとも思えんが。」
「はぁ。でもなんか残念だなぁ。人生のネタバレされた気分。というか今まで幽霊とか信じてなかったのに。これから夜道も歩けんわ。」
「安心してくれ。"たましい"といっても幽霊みたいなものではないんだ。とても矮小な…。意識としか言いようがないが、まあ生き物を生き物たらしめるものと思ってくれ。」
「それで。なんで上土居の居場所がわかるんです。」
「それはな、この技術をよく思ってないヤツらが政府にいるんだ。上土居くんはあの研究を始めたときからずっと目をつけられていることに気づいていた。だが、すぐには何もされなかった。もう研究が完成間近というときになっても動きがなかったという。」
寮長は一冊の分厚い書物を棚から取り出した。
「それで彼は私を訪ねてきた。ここは情報を隠すのに最適だからな。」
寮長は不敵な笑みを浮かべながらその本を机の上で丁寧に開いた。書物と思われたそれは間に空洞があり、その中には一本のペンような棒状の物体がはいっていた。
「これはね。彼が作った装置さ。上半分を回せば、この装置は特殊な波を発する。上土居くんの半径三キロメートルまで近づくと、この波に反応して彼の意識が特殊な波を発する。その波にこの装置が反応する。」
紺色のそれは万年筆のような見た目をしており、上半分の側面に液晶の画面が付いている。装置下半分、ペンであれば持つ部分にあたる所には大きく「伝」という一文字が意匠されていた。
「ソナーみたいですね。」
怜也は探査機を受け取って興味深そうにそれを眺めた。火野宮は稀有そうな顔をしていた。火野宮は考え事をしているようであったが、しばらくして口を開いた。
「意識の波ぃ?それはどいうことだ?」
探査機をまじまじと見ながら言うと、寮長が答えた。
「なんでも、意識には固有の周波数があり、その波を媒介する物質は世界に溢れているそうだ。その装置にはその波に反応する物質が入っている。意識の原料とかいってたな。意識としか反応しないために今まで見つからなかったそうだ。で、彼は自分の意識の波を少し大きくしている。なんでも"意識でログインするネットワーク"を作ろうとした時にできるようになったんだと。
夢の港町ドリームポート』っていったか。ログインしているときは眠らざるを得ないかららしい。」
「夢の港…。」
火野宮は山から見た守司を思い出しながらいった。
「なんだこれ」
火野宮は崎元の持っている探査機にボタンような突起を見つけ、そのまま押した。
二人の青年は突然目の前が真っ白になるほどの光に包まれたかのような感覚に襲われた。


二人は街中の広場のような場所に立っていた。
あたりを見渡すと、平坦な道にひと昔前を思わせるタイルや煉瓦造りの建物、少し遠くに時計台のようなものも見えた。しかし、二人以外に人はいないようだった。
「なんだ。ここ。」
火野宮は崎元を見つけると始めて言葉を発した。意識ははっきりとしていた。
が、直後二人は自分の目を疑った。火野宮は目の前に、崎元には火野宮の頭上に「なんだここ。」という黒い文字が現れていた。


猿和園(1)序章 3話 南極星

日は北極星南極星が北と南、天蓋の両極に遂に揃う日である。ベガが北極星の位置について千年。遅れてカノープス南極星に位置するのである。南極星は二万六千年周期で入れ替わるという。人類の発展に貢献してきた星。その配置の変遷は、まだ年が二桁にもならない少年、崎元一弥にも辛うじて想像のつく範囲であった。
「夏めっちゃ暑いしさー南極にでも行ちゃってさーカノープスみたいなぁ」
一弥はだるそうに呟いた。猿和園には夏休みのうち一週間だけ寮から帰ることができる時期がある。
「そうか。じゃあ面白い話をしてやろう。」
長身の青年、少年の兄である崎元怜也は弟の折角の休日なのだからと退屈を紛らわそうと物語を始めた。
「一弥。この国の神話はしっているだろう。雲の上に住んでいた神々が、地上が暗く汚いのは自分たちの住む雲が光を遮っているからだと考えて、シナト様、つまり風の神に雲を流してもらって、ワダツミ様、海の神様だけど、もともとは雨の神様に雲の一部を雨として地上に降らせた。そうして地上を綺麗にして自然を作り出し、神々も山や森や湖に住むようになった。聞いたことあるでしょ?」
「今日のお話はね…そう。この神話は本当だったのかもしれないっていう一つの仮説だよ。」
「でたよでました。兄ちゃんのトンデモカセツ。友達とやってよ。」
「あいつはこーゆーのに興味ないからね。まあ聞いてくれや。」
「梁平兄ちゃんも大変そうだ。」
「こんな神話もある。昔、傲慢さ故にその地位と能力を失った神がいた。過ちを繰り返すその神を人間と呼んだ。ってね。」


今から一万と千年前。まだ南極星カノープスがこの羽里からでも見ることができ、北極星ポラリスだった時代。一部の人間は地球上の全てを支配する力を手に入れ、神となった。しかしこの星の資源には限りがあり、神は人間を残して別の星へと移った。残された人間達は技術を持て余し、醜い争いを繰り広げ、滅んだ。神は故郷を憐れみ、この星を復活させるために尽力した。地上の汚染を浄化し、再び地に降り立ち人間として生きる道を選んだ。
その証拠に、人類の文明の誕生は数千年前だと言われているけど、一万二千年前の地層から現代の技術と同程度の物体が発見されている。この情報には信憑性はないけど、こっちはどうだろう。南極の氷の層だ。氷の層の中に金属の塊が発見されてるんだ。人工的としか思えないような合金の機械がいくつもね。厚さ一キロの氷の下には巨大な空間と頑丈な建材の軍事都市があるなんて都市伝説もある。約一万年前にはきっと現代より進んだ文明があったに違いない。


「じゃあ神様に話を聞くのが早そうだね。」
「そうだなぁ。僕の仮説が正しいなら、今も国のトップとかは神様なのかもなぁ。この世界はそんな誰かに管理されていて、隠蔽してまわってるとか。」
「都市伝説は嘘で、もっとヤバいのがいるかも。」
「そういうのは勘弁。」
「この辺には神様いないの?」
「日隠神社の仇火様と科戸神社の風神様かな。…あぁそうだ。なあ一弥。羽里干潟行こう。潮風は涼しいだろうしさ。いいだろ。」
「なんか悪巧みしてる顔。まあいいや。」
兄弟は午後の干潟へと繰り出した。



夏の海風が二人を押し返すように強く吹いていた。目をパチパチさせながら、一弥が言った。
「そういえばどうなの。事件の方は。」
怜也の顔が少し強張った。しばらく考えた後、笑みを浮かべながら口を開いた。
「あぁ、渉さんの娘さんはお前の同級生だったな。残念だけど、その話はできない。とても繊細なんだよ。誰が聞いてるかわからないところでは話せないな。それに俺の初めての単独案件なんだ。慎重にいきたい。」
「新米探偵がカッコつけちゃって。まあそれはいいとして、上土居と仲が良い本条ってヤツがいるんだけど。」
一弥は兄が表情を取り繕っていることを察知して、話題を変えた。
「そいつちょっと変わってるんだけど、昔羽里干潟で海いっぱいに火の玉が飛ぶのを見たって言ってたな。」
「そう!それが今日お前をここに連れてきた理由だ。夏の日没後の約五分間、運が良ければその火の玉が見える。まあ、今日は風が強いから無理かなぁ。」
怜也の顔が緩んだのが一弥にはわかった。
「なんだっけ。温度の差でできるシンキローとかなんだとか…。」
「蜃気楼か。でもね、それなら漁火の光の数が夥しい量まで増えるのはおかしいと思わない?」
「よくわかんないよ。で、それが神様と関係あるの?」
「もちろん。これにも伝承があるよ。海の底の深い溝には竜の巣があって、そこで番をしている、ワダツミ様の弟で、製塩と漁、海の生命の神であるシオツチ様がいるんだけど、その溝はとても暗くて霊が溜まりやすいから、霊達を導くためのたくさんの灯火をこの時期に浮かべるんだってさ。」
「ふーん。製塩は去年体験したっけな。」
「この二柱にはさらに弟のホデリ様がいてね。この神様は航海の幸運と方角の神様なんだけど。北極星ベガと南極星カノープスはこの神様が人々を導くために空へと掲げた北干珠と南満珠だそうだよ。まあ、南極星はそれから十世紀もたった今ちゃんとした南極星の位置にきたわけだけど。」
「へぇ。霊を導く神様と人を導く神様かぁ。でもここは北半球なのにカノープスのことがなんでわかったんだろう。」
「昔の人は優れた航海術や金属の加工技術を持っていたみたいだよ。海流にのって世界中を旅してたみたいだ。南極にまでたどり着いた形跡もある。」
「それなら僕にだって行けるかもね。」
「ははは、いつかな。第一、彼らも厳しい南極の環境には太刀打ちできなかったみたいなんだ。どの遺跡も放棄された跡があって、保存状態も悪いみたいだ。」
兄弟がしばらく話し込んでいると、日没の時間になっていた。二人は沈んでいく夕陽をただ見つめていた。
日が沈んでから数分がたったが、一向に光は現れなかった。
「まだ風が強いね。これじゃあ今日は無理だろう。」
怜也は惜しそうな顔をして言った。
「ねぇ兄ちゃん。カセツとかそーゆーの無しにさ。神様はいると思う?」
一弥はなんとなく聞いてみたかった。兄の本音が聞きたかった。
「そうだね。僕は…。」
怜也がそういいかけた時、ボウっと横目に淡い光が映った。二人はそのまま何も口にすることなく立ち尽くした。ただその光に魅入られるかのように。
ポツポツと光が海の中から浮き上がってくる。その数は増え続け、まったく収まる気配はなかった。
「火を吹う身ぃ。夜いつ夢ぅ見なや。ここにいたり。ふえる。ゆらゆらと。ふえる。」
怜也が目を閉じてそう唱えるのを一弥は黙ってみつめていた。
「もしかして冥福の祝詞?正しいのは初めて聴いたかも。」
「おーよく知ってるね。いやなに。導かれた魂達が迷わないようにとね。それにしてもどこで知ったの?」
「ん。猿和園の寮の資料館にあった本に書いてあったんだよ。ほらさっきの本条ってやつが種まきしながら似たようなのを唱えてたから覚えてた。」
「ふむふむ。多分それも正しいよ。それは山の神様にまつわる話なんだけど…この話は明日しようか。今はこの景色を目に焼き付けておくこと。こんな数にまでなるのは滅多にないよ。」
一弥が気がつくと辺りの海一面が黄金に輝いていた。まるで向こう側は別世界なんじゃないかと思わされるほどの幻想的な風景だった。
やがて光がおさまり、二人は干潟を後にして、街並みの光の中へと消えていった。二人が家へと向かう道の上には、北極星だけが高らかに輝いていた。