八谷磨流の趣味小説!

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猿和園(2)夢の港町 中編

夢の港町ドリームポート

二人は異質すぎるこの状況を飲み込むことができず、次の行動を思いつけないでいた。風も匂いもない無機質な空間。そこに並ぶあまりに現実めいた風景。そして目の前に浮かぶ文字。これが普段の探索なら、きっと二人は文字に手を伸ばし、嬉々として歩き廻り、探検し尽そうとするだろう。がしかし、状況が状況である。二人は向かい合ったまま一歩も動かず、ただ目の前に浮かぶ「なんだ、ここ」を呆然と見つめていた。
しばらくすると文字は前触れもなくスッと消えた。ハッと二人の体は軽くなった。と、同時に何とかせねばという意思が湧いてきた。…一人では何も思い浮かばない。ならあいつは。
いつも、いつからか、二人は行き詰まった時はこう言って振り返る。
青年二人は、同時に相方の顔を伺おうと視線を合わせた。「大丈夫」「思い出せ」そしてため息混じりに呟いた。
「「最後に何をやらかした。」」
一息ついた。崎元は落ち着いてあたりを見回す。やはり現実そのままに再現されている。
「なあ怜也。俺はどう見えてる。今気づいたけどお前なんか青っぽいぞ。」
「あぁ本当だ。赤い枠がでてる。…イメージカラーってことか。…ここがその夢の港町ドリームポートなら納得できる。」
昼を過ぎても寝癖のついた頭を抱えながら火野宮はハッとした。
「ボタンだ。あの探索機…。」
「だろうな。なら、出る方法もあるだろう。さ、手分けして探そう。」
火野宮は崎元の途切れ口調が戻ってきたことを確認し、自分も一安心できた。
「そうだな。…はへぇこれどうなってるんだろ。」
火野宮は前へ伸ばした手をパタパタさせながら答えた。
「それに実体はないだろ。」
「あぁそっか。ん?なんだこれ。なんか画面が出たぞ。」
崎元も同じように前に腕を伸ばしてみると、同じ画面が表示された。
「メニュー画面?…あ、ログアウトってある。」
「おお。案外早く見つかってよかった。本体は眠るようになるっていってたからな。頭打ってないといいけど。」
「ホントだ。あれ。お知らせってところになんか出てる…」
火野宮はスライドされていく赤い文字を横目に追いかけながら言った。「は終了しました」
「まずは戻ろう。寮長に迷惑かける。探索は後でな。」
二人が画面をポンと押すと、ボタンを押したときと同じように目の前が明るく包まれた。


目を覚ますと、白い天井が見えた。直後、頭を激しい痛みが襲った。
「すまんな。説明書きを先に見せるべきだった。なにせ私も受け取っただけでさわってなくてな。」
顔にシワをつくりながら寮長が苦笑いしていた。
「やっぱりか。」
二人は口を揃えて呟いた。
「それで、上土居くんの居場所なんだが。事前に彼が目星をつけていた場所が複数ある。彼を探っていた政府の手先はどうやら公共の機関ではないらしい。いや。意識科学ってのは便利だね。彼は手先らの逆探査を使ったのさ。」
寮長は先の書物からメモを取り出した。二人は長椅子に腰掛ける。崎元は頭痛により俯いている。
「研究室の同僚に逆探索を行ったところ、こんな出自の人物が配属されていたんだと。それは驚くさ。上土居くんも早い段階で多岐にわたる応用法を隠して一つの研究に、意識の存在の証明に絞っておいてよかった。相手は政府の裏にいるヤツだ。そこまでバカじゃないだろうしな。」
火野宮がメモを受け取る。
「行方明和 32 警察署に出入り 警察関係者
多比栞理 28 警察署に出入り 警察関係者
古木 廻 30 県外 電話が多い 他所から偵察
権藤虎鉄 29 日隠神社在住 行方と接触が多い 警察関係者」
読み終えた火野宮がそのまま声を上げた。
「全部敵じゃねぇか。」
「ああ。そうさ。奴らは警察ではなく元警察を使いよった。」
「ん?研究員は五人のはずだけど。」
崎元が顔を上げた。
「おい。ちょっと見せて。」
メモの裏の小さな文字に気がついた崎元が火野宮から半ば強引に紙片を取り上げた。
「…嘘だろ。すぐに水無月さんに知らせないと。」
「佐藤快星 21 G…3…?」
「G3スリー水無月さんが追ってる裏社会の3トップの一角だ。そうだな、連絡は俺一人でいい。梁平。お前はこのまま夢の港町ドリームポートの調査を頼む。またここに戻ってくるから。」
「わかった。任せろ。」
「これは夕飯の準備が必要そうだな。」
「ありがとうございます。」
崎元は寮長に軽く会釈しながら、部屋を後にした。
「で、火野宮くん。君一人で大丈夫かね。」
「大丈夫ですよ。何かあればあいつが片付けますから。僕は探索。あいつは処理です。」
「じゃあ。頼んだぞ。」
「どんとこいです。」
今度は長椅子に横たわりながら、火野宮は再び夢の港町へと落ちた。


足早に街を歩く長身の青年は、数分前に上司から新たな報告をうけた。「渉は大学を辞めた後に自殺したことにされた。」添付された遺書の写真を読んで青年も確信した。それは嘘だ。もちろん遺書も偽装である。と。


意識科学は今まさに黎明期を迎えようとしている。従来の科学は物質を極限まで分解してきたが、人間の力にはやはり限界が存在した。素粒子の研究の進歩は停滞し先が見えなくなった。そんな時、新しく科学の最先端を担うことが期待される発見をした。それが"意識"である。意味的には魂と表現するとわかりやすいだろうか。この発見により、私は先行して様々な物事の真実を目の当たりにした。もうこの世界の真実を知ってしまった。この世界の存在理由、時間の流れる目的。それらを知った私にはもうなんの未練もないのだが、あまりにも予想だにしない事実に人類は取り乱すに違いない。最後の仕事に、後の世を生きる者たちのために警告文を残すことにする。全てが終わったら、自由になるつもりだ。
未来を見た者 上土居 渉


彼は娘からもらった筆ペンを気に入っており、筆先が傷んでいるにも関わらず、インクだけを取り替え使っている。が、遺書はどうやら本物の筆で書かれている。
崎元は確信した。上土居はメモに筆を使う変わり者で加えて字が汚い。と勘違いされたのだろう。と。