八谷磨流の趣味小説!

AJUの趣味小説!

空想科学とかのネット小説をぼちぼち書いてる

猿和園(1)序章 3話 南極星

日は北極星南極星が北と南、天蓋の両極に遂に揃う日である。ベガが北極星の位置について千年。遅れてカノープス南極星に位置するのである。南極星は二万六千年周期で入れ替わるという。人類の発展に貢献してきた星。その配置の変遷は、まだ年が二桁にもならない少年、崎元一弥にも辛うじて想像のつく範囲であった。
「夏めっちゃ暑いしさー南極にでも行ちゃってさーカノープスみたいなぁ」
一弥はだるそうに呟いた。猿和園には夏休みのうち一週間だけ寮から帰ることができる時期がある。
「そうか。じゃあ面白い話をしてやろう。」
長身の青年、少年の兄である崎元怜也は弟の折角の休日なのだからと退屈を紛らわそうと物語を始めた。
「一弥。この国の神話はしっているだろう。雲の上に住んでいた神々が、地上が暗く汚いのは自分たちの住む雲が光を遮っているからだと考えて、シナト様、つまり風の神に雲を流してもらって、ワダツミ様、海の神様だけど、もともとは雨の神様に雲の一部を雨として地上に降らせた。そうして地上を綺麗にして自然を作り出し、神々も山や森や湖に住むようになった。聞いたことあるでしょ?」
「今日のお話はね…そう。この神話は本当だったのかもしれないっていう一つの仮説だよ。」
「でたよでました。兄ちゃんのトンデモカセツ。友達とやってよ。」
「あいつはこーゆーのに興味ないからね。まあ聞いてくれや。」
「梁平兄ちゃんも大変そうだ。」
「こんな神話もある。昔、傲慢さ故にその地位と能力を失った神がいた。過ちを繰り返すその神を人間と呼んだ。ってね。」


今から一万と千年前。まだ南極星カノープスがこの羽里からでも見ることができ、北極星ポラリスだった時代。一部の人間は地球上の全てを支配する力を手に入れ、神となった。しかしこの星の資源には限りがあり、神は人間を残して別の星へと移った。残された人間達は技術を持て余し、醜い争いを繰り広げ、滅んだ。神は故郷を憐れみ、この星を復活させるために尽力した。地上の汚染を浄化し、再び地に降り立ち人間として生きる道を選んだ。
その証拠に、人類の文明の誕生は数千年前だと言われているけど、一万二千年前の地層から現代の技術と同程度の物体が発見されている。この情報には信憑性はないけど、こっちはどうだろう。南極の氷の層だ。氷の層の中に金属の塊が発見されてるんだ。人工的としか思えないような合金の機械がいくつもね。厚さ一キロの氷の下には巨大な空間と頑丈な建材の軍事都市があるなんて都市伝説もある。約一万年前にはきっと現代より進んだ文明があったに違いない。


「じゃあ神様に話を聞くのが早そうだね。」
「そうだなぁ。僕の仮説が正しいなら、今も国のトップとかは神様なのかもなぁ。この世界はそんな誰かに管理されていて、隠蔽してまわってるとか。」
「都市伝説は嘘で、もっとヤバいのがいるかも。」
「そういうのは勘弁。」
「この辺には神様いないの?」
「日隠神社の仇火様と科戸神社の風神様かな。…あぁそうだ。なあ一弥。羽里干潟行こう。潮風は涼しいだろうしさ。いいだろ。」
「なんか悪巧みしてる顔。まあいいや。」
兄弟は午後の干潟へと繰り出した。



夏の海風が二人を押し返すように強く吹いていた。目をパチパチさせながら、一弥が言った。
「そういえばどうなの。事件の方は。」
怜也の顔が少し強張った。しばらく考えた後、笑みを浮かべながら口を開いた。
「あぁ、渉さんの娘さんはお前の同級生だったな。残念だけど、その話はできない。とても繊細なんだよ。誰が聞いてるかわからないところでは話せないな。それに俺の初めての単独案件なんだ。慎重にいきたい。」
「新米探偵がカッコつけちゃって。まあそれはいいとして、上土居と仲が良い本条ってヤツがいるんだけど。」
一弥は兄が表情を取り繕っていることを察知して、話題を変えた。
「そいつちょっと変わってるんだけど、昔羽里干潟で海いっぱいに火の玉が飛ぶのを見たって言ってたな。」
「そう!それが今日お前をここに連れてきた理由だ。夏の日没後の約五分間、運が良ければその火の玉が見える。まあ、今日は風が強いから無理かなぁ。」
怜也の顔が緩んだのが一弥にはわかった。
「なんだっけ。温度の差でできるシンキローとかなんだとか…。」
「蜃気楼か。でもね、それなら漁火の光の数が夥しい量まで増えるのはおかしいと思わない?」
「よくわかんないよ。で、それが神様と関係あるの?」
「もちろん。これにも伝承があるよ。海の底の深い溝には竜の巣があって、そこで番をしている、ワダツミ様の弟で、製塩と漁、海の生命の神であるシオツチ様がいるんだけど、その溝はとても暗くて霊が溜まりやすいから、霊達を導くためのたくさんの灯火をこの時期に浮かべるんだってさ。」
「ふーん。製塩は去年体験したっけな。」
「この二柱にはさらに弟のホデリ様がいてね。この神様は航海の幸運と方角の神様なんだけど。北極星ベガと南極星カノープスはこの神様が人々を導くために空へと掲げた北干珠と南満珠だそうだよ。まあ、南極星はそれから十世紀もたった今ちゃんとした南極星の位置にきたわけだけど。」
「へぇ。霊を導く神様と人を導く神様かぁ。でもここは北半球なのにカノープスのことがなんでわかったんだろう。」
「昔の人は優れた航海術や金属の加工技術を持っていたみたいだよ。海流にのって世界中を旅してたみたいだ。南極にまでたどり着いた形跡もある。」
「それなら僕にだって行けるかもね。」
「ははは、いつかな。第一、彼らも厳しい南極の環境には太刀打ちできなかったみたいなんだ。どの遺跡も放棄された跡があって、保存状態も悪いみたいだ。」
兄弟がしばらく話し込んでいると、日没の時間になっていた。二人は沈んでいく夕陽をただ見つめていた。
日が沈んでから数分がたったが、一向に光は現れなかった。
「まだ風が強いね。これじゃあ今日は無理だろう。」
怜也は惜しそうな顔をして言った。
「ねぇ兄ちゃん。カセツとかそーゆーの無しにさ。神様はいると思う?」
一弥はなんとなく聞いてみたかった。兄の本音が聞きたかった。
「そうだね。僕は…。」
怜也がそういいかけた時、ボウっと横目に淡い光が映った。二人はそのまま何も口にすることなく立ち尽くした。ただその光に魅入られるかのように。
ポツポツと光が海の中から浮き上がってくる。その数は増え続け、まったく収まる気配はなかった。
「火を吹う身ぃ。夜いつ夢ぅ見なや。ここにいたり。ふえる。ゆらゆらと。ふえる。」
怜也が目を閉じてそう唱えるのを一弥は黙ってみつめていた。
「もしかして冥福の祝詞?正しいのは初めて聴いたかも。」
「おーよく知ってるね。いやなに。導かれた魂達が迷わないようにとね。それにしてもどこで知ったの?」
「ん。猿和園の寮の資料館にあった本に書いてあったんだよ。ほらさっきの本条ってやつが種まきしながら似たようなのを唱えてたから覚えてた。」
「ふむふむ。多分それも正しいよ。それは山の神様にまつわる話なんだけど…この話は明日しようか。今はこの景色を目に焼き付けておくこと。こんな数にまでなるのは滅多にないよ。」
一弥が気がつくと辺りの海一面が黄金に輝いていた。まるで向こう側は別世界なんじゃないかと思わされるほどの幻想的な風景だった。
やがて光がおさまり、二人は干潟を後にして、街並みの光の中へと消えていった。二人が家へと向かう道の上には、北極星だけが高らかに輝いていた。