八谷磨流の趣味小説!

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猿和園(1)序章 1話 蟠罪

衣が夕陽の中で肩を落としていた。
「彼は結局言わなかった。『それ』の詳細を。全てを持ち逃げしたのだ。」
「誰に聞いてもそう答えます。かなり際どい研究もしていたと聞きます。ましてあの真面目な室長ですよ。本当は上からの指示とか…。」
「おい。そういうことを言うんじゃない。真実はこうだ。彼は、上土居渉は自殺した。」
「でも真実は事実とは限りませんよ。」
「そういってしまえば、どんな可能性もありうるなんて言いだしてキリがない。あんな実験を繰り返していたんだ。おかしくなっていたのだろう。…それとな考え無しに人に意見するんじゃないよ。」
青年の心にはどうしても蟠りが残った。上土居渉は青年がこの羽里大学に進学するきっかけとなった人物で、意識科学の最先端を切り開いていた人だった。青年の専攻は心理学で、研究室は隣だったが日頃から親しくしてもらっていた。上土居は研究に関してとても真面目で、天才特有の、いい意味での狂気も感じない誠実な人だったのだ。そんな上土居が失踪したのは一週間前の四月十四日。元号が変わった日である。それもまた、青年の若者の心には引っかかったのである。

青年は家路についた。青年の家は北羽里市の
日隠にあり、南羽里市にある大学へは電車で通っていた。春風は青年の心をざわつかせる。
「どうしたどうした暗い顔して。ほらほらションボリ太君?」
聞き慣れた声とともに突然後ろから背中を叩かれ、驚いた青年は怒った。
「空木笑。人の名前で遊ぶな。」
空木は嫌悪感いっぱいの表情で絡んできた科戸を突っぱねた。科戸は自転車が倒れないようによろめきながら喚いた。
「別にいいだろこのくらい。固いヤツだなぁ。」
科戸柳治は高校時代の親友であり、空木はこの風来坊にいつも振り回されていた。
「柳治。悪いが今は放っておいてくれ。考え事をしてるんだ。」
「上土居だっけ?研究員が失踪したんだってな。まあ話してみろよ。相談にのるから。」
山幸所長の言葉がよぎった。
「考えがまとまってないうちはどうにも話せない。頼む。」
そっけない返事では振りほどけなかったので、科戸の義理堅さを利用した。
「そうか。なんかムカムカするなー。じゃあ俺こっちだから。なんかあったらすぐ言えよ。」
「気にしなくていいから。じゃあな。」
「はぁ。つれないなぁ。」
曲がり角を通り過ぎる前に横目に科戸を見た。自転車で下り坂を叫びながら滑り落ちていく。
「おー!シナトの風の如くーー!」
気晴らしのつもりだろうか。懐かしい台詞だ。
「はいはい。『天の八重雲を吹き放つ事の如く』ねぇ。」
空木はうっすらと笑みを浮かべ、軽快な足取りで幾度と歩いた道を自宅へと進んだ。日が落ちてからは風が強くなり、庭には積もった満開の白花八重空木が春の夕暮れの中でも映えていた。